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 俺は気まずくなって俯く。まさか、この人が謝るとは露程も思わなかった。あのプライドの高い生徒会長が。

「あの時、礼だと言ってお前にキスしたな」
「……はい」

 そういえばそんなことを言っていた。俯いたままぐっと眉間に皺を寄せる。頭上から沈んだ声の生徒会長がポツリと呟く。

「あれは…その、礼のつもりでもあった。だけど、何より…お前にキスすれば笑ってくれるかと思っていた」
「な、なんですかそれ…!?」

 バッと顔を上げて睨むと、バツの悪そうな顔で顔を逸らされ、頭にカッと血が上る。

「どうしてそれで俺が笑うと思ったんですか…。生徒会長さんは違うかもしれませんけど…俺は、俺は好きな奴以外とキスしたくないです!」

 ポロポロと涙が溢れて流れる。生徒会長がどんな顔をしているか、ボヤけてよく分からない。きっと、呆れているだろう。なんて女々しい男だと。

「悪かった…」
「……っ!」

 どうしてだか、生徒会長の謝る声が胸に刺さる。向こうが悪いんだ。罪悪感なんてなくていいのに。

「は、話は…それだけですか? じゃあ、俺……」

 そう言ってごしごしと涙を拭い、踵を返す。早くここから離れたかった。だって、苦しい。ズキズキと痛いんだ、胸が。

「っま、待て! 大樹」
「っ!?」

 走ろうとしたところを、腕を引かれて後ろに倒れる。すっぽりと生徒会長の腕の中に収まった俺は、訳が分からず目を白黒させる。抱き締められているんだと理解したときは、心臓がばくばくと煩く鳴っていた。何で、俺…男に、しかも嫌いな生徒会長に抱き締められてこんなにドキドキするんだよ。
 っていうか、やっぱり俺の名前呼んでるんだけど、俺名乗ったっけ…?

「好きな奴以外としたくない…か。そうか…」

 耳元でボソリと呟かれ、びくりと肩が震える。吐息が耳に当たって擽ったい。身を捩ると、放さないと言うように抱き締める力が強くなった。

「訊きたいことがある。お前は、好きな奴に笑って欲しいとか、ずっと一緒にいたいとか、そいつのことを知りたいとか思うか」
「は、はあ…まあ」

 え、いきなりなんの話? 混乱しながら頷くと、ふっと笑う声が聞こえる。だから擽ったいってそこは…!

「マジかよ」
「あ、あの…?」
「いや、なんでもねえ」

 そう言うと腕がの力が緩み、漸く解放された。俺は直ぐに距離を取って振り返り、生徒会長と対峙する。

「お前、また明日からここに来いよ」
「はあ!? どうしてそうなりました!? 俺、まだ怒って――」
「知らね。何、お前俺様に逆らうのかよ?」

 ぐっと押し黙と、生徒会長は笑う。それはやはり恐ろしく綺麗で、――恐ろしく優しいものだった。









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