2



 それから下僕は失礼なことに俺の車で寝やがって、更に俺の肩に寄りかかってきて…。初めて見る無防備な寝顔に心臓が早くなった。薄く開いた唇に視線が行き、思わずごくりと喉を鳴らす。吸い寄せられるように顔が近づいて――我に返り、素早く離れる。人の寝顔で興奮するなんて…。しかも、よりにもよって下僕とは。一生の不覚だ。俺は少し熱を持った顔でギロリと下僕を睨む。そして幸せそうな寝顔に直ぐさま顔を逸らした。
 ――まあ、今日だけ。今日だけは特別に肩を貸してやる。俺はぐしゃぐしゃと髪を掻き乱して溜息を吐いた。 暫く経って目的地に着き、下僕に声をかける。

「おい、起きろ」

 体を揺すると、下僕は少し体を震わせ、飛び起きた。目を丸くして俺を見たあと、へにゃりと眉を下げて謝る。そして何故か口元に手をやっている。ぎょっとした。ま、まさかあの時起きてたとか…ないよな? こいつの一つ一つの言動や行動にドキドキする俺なんて全く俺らしくないが、下僕に誤解でもされたら困る。

「……な、なんもしてねぇからな!」

 下僕は間抜けな顔で俺を見る。

「ど、どうしたんですか?」
「…〜っ、んでもねぇよ!」

 何なんだよ…一体! 俺は赤くなった顔で下僕を睨んだが、なんと顔を逸らして溜息を吐きやがった!
 くそ……!












 俺は下僕に苛立ってたはずだ。……それは確かなんだが、下僕が店を見て目を輝かせた途端、それはどこかへ吹っ飛んでいった。いくらなんでもおかしい。俺は漸く気がついた。どうして俺はこんなバカみたいな顔したやつに…!
 いや、一先ず考えるのはよそう。
 俺は下僕の体をジロジロと見る。不思議そうに見上げてきたから速攻で顔を逸らした。

「おい、お前」
「はい、如何なさいました?」
「あそこに展示してるやつ。こいつの背丈に合ったサイズのあるか」

 こうすれば、またあの顔が見れるかもしれない――。俺はそう思って、服を買ってやった。下僕は始終慌てている。俺は少し物足りなく感じたが、見立て通り、買ってやった服は凄く似合っていて、顔が緩む。そして下僕が顔を赤くしてみてきたから、――じゃあ、キスでもすれば、笑顔になるかもしれないと思った。そんな軽い気持ちでキスをすれば、泣いた。

「アンタを良い人だと思った俺が馬鹿だった…」

 な、何だよそれ…?

「好きじゃない奴にそんなことするなんて最悪だ!」

 ぎくりとした。そうだ、俺が好きなのは下僕なんかじゃなくてあいつだ。ぎゅうぎゅうと心臓が俺を締め付け、硬直する。俺が動けない間に、あいつは走って去っていってしまった。

[ prev / next ]

しおりを挟む

26/30
[back]