動揺する心






(side:優治)


 俺には好きな奴がいる。最初はただウザかっただけだが、強気な態度に惹かれた。そいつのことを知れば知るほど好きになって、まあ外見は暗そうなオタクで顔は殆ど見えないが、声ははきはきとして喜怒哀楽のはっきりとした奴だ。ギャップがあって新鮮だ。
 そして俺には下僕ができた。いつもビクビクと俺の顔を伺ってる普通すぎてつまらない男だ。でも時々はっきりと俺にアドバイスできる意外なところもある。別に好きじゃない。どっちかというと嫌いなタイプの人間だった。人の顔を窺うような奴や媚を売るような奴は嫌いだから。
 そいつと知り合ったのは俺の失態からだった。まさか手紙を入れる場所を間違えていたとは。これは不味い。言い触らされたりでもしたらと考えて、下僕になれと脅した。まあこの俺に逆らう奴なんてあいつくらいしかいないし、あいつだからこそ許せる。万が一断りでもしたら強制的に頷かせていた。暴力だって軽い気持ちで振るえる。そうしたら俺よりもあの小柄な体は吹っ飛ぶんだろうなとぼんやり思った。実際、蹴った時の感触は俺に喧嘩を吹っかけてくる雑魚よりも軽かった。
 俺は下僕をビビらせてばかりだったが、一度だけ綺麗な笑みをみたことがある。俺が下僕のアドバイスを聞いてやって、文を訂正した時のことだ。手紙を読んでいる時のあの顔は、俺に衝撃を与えた。こいつはこんな風に笑うのか、と。それからだ。下僕のことを考える時間が増えたのは。階段で落ちそうになった時、いつもは助けないのに咄嗟に体が動いたり、上目遣いに動揺したり、そして休日に誘ったり…。俺らしくなかった。あいつだって誘ったことはない。いや、下僕はただの荷物持ちだからな、と無理矢理自分を納得させた。
 そして当日が来ると、いつになくそわそわとした。どんな格好をするのか、今日は笑顔を浮かべてくれるだろうか、どこに行こうか…。まるで、楽しみにしているみたいで自己嫌悪したが、気がつけば約束の時間よりも早く着いていた。下僕が慌てて来ると、何故か笑みを浮かべそうになり、慌てて顔を顰めて口からはイラついた声が出る。申し訳なさそうに頭を下げる下僕の姿をじっと見つめる。服装は意外にセンスが良く、驚いた。そしてじっと見つめたままでいると、急に顔を上げる。しかも涙目だ。ぎゅっと心臓が掴まれたような感覚になった。 どこか緊張している自分を誤魔化しながら、取り敢えず笑えと命令してみた。意味が分からない顔をされた。俺も意味が分かんねえよ。でも見たいというのは認めたくはないが事実。しかし下僕は引き攣った笑みしか浮かべず、ムカついた。あの顔が見たいんだよ俺は。

「……あの時、何で笑った?」

 ボソリと口から出る小さな声。完全に無意識でに出たもので、それは下僕には聞こえなかったようだ。安堵する。こんな弱気な声を出す奴だと勘違いでもされたら嫌だったからな。

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