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 支払いはカード。その場面を目にして流石金持ちだと思った。いいなー…俺も言ってみたい。

「あ、有り難う…ございます」
「おう…」

 もう後に引けない状況になってしまったので、ここは大人しく貰っておこう。そう思って礼を言うと、小さく返事を返してくれた。てっきり無視すると思ったんだけど。何だか少しはにかんでいるように見える。…この人、本当にどうしたんだろうか? 何か変な物でも食べた?
 混乱したが、もしかしたら根は優しい人のかもしれない、と生徒会長の認識を改めた。だってそんなに生徒会長のことを知ってるわけじゃないし、世の中には素直になれない不器用な人だっている。そうだ、生徒会長は俺のアドバイスをちゃんと聞いてくれたしな。実は優しい人像は、しかし、次の瞬間に見事に粉々にされる。
 生徒会長の顔と俺の顔が零距離――くっついたからだ。男の唇も結構柔らかいんだな――って、……は? 何で、俺…キスされてんの?
 ぽかんと間抜けな顔をしている俺を余所に、顔が離れるとドヤ顔を向ける生徒会長。

「……っふ、今日の礼だ」

 っふ、じゃねえよドヤ顔すんな! 男にキス――しかもこんな公共の場でキスされるなんて何て屈辱だ。ふつふつと怒りが湧き上がってくるのと同時に、じわりと涙が出て来た。……こんな嫌がらせしてくるなんて、どんだけ俺が嫌いなんだよ。喜ばせておいて落とそうって作戦か…? っは、どうせ単純な男だよ俺は。
 何も言わないどころか涙を浮かべている俺にぎょっとした顔をした生徒会長。

「な、んで泣いてんだよテメェ」
「満足ですか…?」
「は?」
「アンタを良い人だと思った俺が馬鹿だった…」
「ちょ、おい、何意味わかんねえこと――」

 腕を掴まれそうになり、俺はキッと睨みながら伸びてきた手を払う。振り落とされた手を押さえたまま、見開いた目を俺に向ける生徒会長。殴られるかと思ったが、そんな素振りは見えなかった。困惑に揺れている瞳に胸が痛んだ気がする。謝ったほうが良いと一瞬考えたが、俺の口から出たのは罵倒だった。

「好きじゃない奴にそんなことするなんて最悪だ!」
「あ? っおい!」

 そうだ、生徒会長には好きな奴がいるのに。そう考えると何故だか苛々して、俺は顔を歪めると店から飛び出す。制止の声が聞こえたが、止まることなんてできなかった。

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