事件




 夏かと錯覚するほど熱い日差しを背中に受けながら早足で校舎に入る。少しひんやりとした空気が気持ちいい。

「よっ、おはよー、大樹」
「ん、ああ…はよ」
「うわあ、またテンション低いし。まあ今日暑いし仕方ないよなー」

 暑い暑いと手で扇いでいる愛を見つめる。暑いという割には今日も元気がいい。それに、俺と違って汗など掻いていない。
 俺は昨夜のことを思い出して何だか気まずくなると目を逸らす。
 あの後、急に変な行動を取った会長は俺に一言帰ると告げてさっさと出て行ってしまった。意味が分からなかったが、前からそんな感じだったかと思い俺もこんなところに長居は無用と急いで帰った。そして部屋の机の引き出しに入れてあったファンシーな柄の封筒を手にとって中を見る。その中には例の、愛から貰ったラブレターが入っているのだ。
 一言目は『あんたが好き』という性格を窺わせる堂々とした言葉。会長のラブレターは俺がアドバイスしたようにこの後四百字くらい書いてあったが、これはこの一言だけ。まあ、愛らしいといえば愛らしいんだけど、最初俺は目を丸くした。え、これだけ、と。しかも次の日何事もなかったように過ごしてるもんだから、思わず確認してしまった。そしたら頷いて、で、お試しとかで取り敢えず付き合ってたら凄く気があったというわけだ。
 そういえば生徒会長は今日こそ告白するのかな。俺はあの文章で良いって言ったし、これでお役御免か? それならいいな。もし付き合った後も下僕として扱われたら最悪な高校生活なんですけど。

「おーい、大樹?」
「え、ああ、何?」
「いや、何もないけど…最近ボーっとすること多くない? 瞳も心配してたよ」
「あー、ちょっと今暑さで頭が働いてなくてさ。何もないって」
「ふーん…?」

 疑念の目が向けられる。
 うわあ、怪しがってる! でも仕方ないだろ! 言えないんだから!

「ま、いいけど。ほら、行くよ」
「はいはい」

 じっと俺を見つめた愛は呆れたように溜息を吐いて歩き始めた。俺も苦笑してその後に続く。

「あっ、大樹、姫川。おはよう」

 教室に向かっていると、後ろから声がかかる。振り返ると、高野がいた。

「はよ」
「おはよー」
「今日暑いな」
「な、まだ五月だっていうのに」

 先程の愛のようにパタパタと扇いでいる。額に浮き上がった汗がより一層高野を爽やかに見せる。

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