愛との話

 瞳が去っていたドアをぼおっと見ていると、大樹、と呼ばれる。俺は愛がまだこの場にいたことを思い出し、はっとする。瞳の最後の言葉。愛は気付いている風だったが、これでもう本当に誤魔化しようがなくなった。俺と優治先輩の関係を確信しただろう。
 俺は恐る恐る愛に顔を向ける。俺の顔を見た愛は、ぷっと噴き出した。

「何その顔」
「な、何って」

 俺は顔を触る。触ったところでどんな顔をしているのか俺には分からないんだけど。

「捨てられた子犬みたいな顔。――安心しなよ、引いてないから」

 愛は俺の考えていることなどお見通しのようだ。けど、どういうことだろう。前京が優治先輩を好きということに対して気持ち悪いと思っていそうな顔をしていたのに。それを告げると、愛は一瞬不思議そうな顔をして、視線を上に遣った。何かを思い出しているような動作を黙って見ていると、愛は、ああ、と声を上げた。

「あの煩くて小汚いやつのことね」

 どうやら俺が言う京が誰だか分かっていなかったらしい。俺は無言で頷く。

「あれはあいつがあんな見た目だったから。普通の身なりして、普通の性格だったら特に気にしなかったよ。誰が誰を好きになろうが、別に興味ないし」

 さらっと話されるその内容にほっと息を吐く。あの表情は男同士云々というより京自身に対してのものだったらしい。

「だから、私は会長とあんたのこと反対してないし、気持ち悪いとも思ってないよ」

 嘘を吐いているようには見えない顔。そもそも愛はこういうことで嘘を吐かない。俺は笑みを浮かべる愛に、ありがとう、と呟く。

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