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最初は静かな空間に息をするのにも緊張したが、次第に集中し始め、気にならなくなっていった。時々分からないところを優治先輩に訊き、後は問題を解いたり公式を覚えたり。一、二時間ほど経った時だった。コンコン、と控えめにドアがノックされた。手元に視線を落としていた俺たちは顔を上げ、見合わせた。俺はドアの方に顔を向けた。
「はい」
母さんだろうと思ったが、聞こえてきた声は郁人のものだった。
「兄ちゃん、俺。開けてもいい?」
「ああ、えーと…」
ちらりと優治先輩を見る。こくりと無言で頷かれ、俺は郁人に声をかけた。
「いいぞ」
言った数秒後に、ノックと同様控えめに開けられたドア。郁人はまず隙間から顔を出してこっちを窺ってきた。
「桜田さん、どうも」
「ああ。邪魔してるぜ」
母さんから優治先輩が来ていることを聞いていたのだろう。部屋の中に優治先輩がいることに対し驚いた様子はなく挨拶をしてぺこりと少しだけ頭を下げた。
「何してるんだ。入れよ」
部屋の主である俺が言う前に、優治先輩が入室を促す。郁人は迷うように少し視線を泳がせた後、はいと答えて部屋に入ってきた。
何だ? なんか元気がないというか…静かだ。優治先輩も不思議そうにしている。
「どうした?」
「俺邪魔じゃない?」
「別に邪魔じゃねえよ。な?」
優治先輩に同意を求められ、俺は頷く。ほっとしたように息を吐いた郁人は、へらっと顔を崩した。
「いやあ、良かった良かった。あ、桜田さん。良ければ家でご飯食べて行きませんか?」
「ちょ、郁人」
俺は郁人の言葉にぎょっとする。何を言い出すんだ。
「いいのか?」
「母も、是非って言ってたんで」
「じゃあ、有難く御馳走になる」
俺が驚いている内に決まってしまった。……まあ、優治先輩とまだ一緒にいられるのは嬉しい、けど…。俺ははりきっている母さんを頭に浮かべ、苦笑した。
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