相談事

 無事に教室へ戻ると、高野が不思議そうに俺を見た。俺は少し動揺して手首を後ろに隠す。少しだけ痕が薄くなっているため、そこに注目しなければ分からない、はず…。

「あれ、ジュース買わなかったのか?」

 高野は俺の不自然な動作には特に気にした様子はなく、俺の手に何もないことを不思議がっているようだった。俺はそこで思い出す。ジュース…というか、飲み物を買いに教室を出たのだと。京に会ったせいですっかり忘れていた。

「いや、やっぱいいかなって思って」
「ふーん?」

 さり気なさを装って言えば、興味がないのかそれだけで話が終わった。席に座ると、なんだか思い出したように喉が渇いて来た。くそ、今からまた買いに行くのは時間的に無理だし、不自然だ。仕方ない、次の授業が終わったら買いに行こう。ツッコまれたらやっぱり喉が渇いたとかなんとか言って。
 俺は頬杖を付く。前の席の高野の話に相槌を打ちながら、頭の隅に優治先輩のことがこびりついて離れない。今日は偶々休んでいるだけなのか。でも生徒会の仕事は? それとも京の妄言?

「…大樹、どうした?」
「え?」
「なんか、悩みでもあるのか? すげー暗い顔してるけど」

 「あ、もしかしてクッ…例のアレ?」慌てて言い直した高野は瞳をちらっと見る。瞳は愛と話していて、こっちの話は聞こえていなかったみたいだ。ほっとしたように高野は瞳から視線を外し、少し青い顔で俺を見つめる。……クッキーのことまで思い出させるなよ、おい。

「この汗は暑いからなのかそれとも…」

 高野は青い顔で汗を流しながら言った。もう季節は夏で、確かに暑いが高野のそれは間違いなく冷や汗だ。俺たち二人青い顔をしてどんよりとした空気を身に纏った。

「……高野はさ」
「ん?」
「傷つけた相手が次の日学校に来てなかったら…どう思う?」
「え。どう思うって、そりゃ自分に会いたくないんだろうなって」

 …だよな。溜息を吐くと、高野が口を開いた。

「はい、席つけー」

 しかしその前に本鈴が鳴り、先生が入ってきたことで高野の言葉が形になることはなかった。

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