兄ちゃんの気持ち

(side:郁人)

 俺は不自然にならないように気を付けて自分の部屋に向かう。スマホを持つ手は気を抜いたら震えだしそうだ。緊張で。
 開けないファイルがあるなんて嘘。俺は兄ちゃんの携帯からある情報を手に入れた。俺はその手に入れた情報をタップし、耳にスマホを当てる。
 出てくれるかは分からない。その時は違う方法を考えよう。俺は着信の音を聞きながら、唾を飲み込んだ。ぶち、と音が途切れる。緊張でスマホを握る手に力が入った。

『…誰だ』

 電話越しでも分かる不機嫌声。繋がった。そのことにホッとし、切られる前に慌てて名乗った。

「俺です、高浜大樹の弟の、郁人です」
『……大樹の弟』

 電話の相手――桜田さんの声が声が変わった。

『何で俺様の番号を?』
「兄の携帯から見ました。勝手にすみません」
『…いや、いい』

 桜田さんは気まずそうに言う。俺はやはり兄ちゃんがああなったのは桜田さんのせいだと確信した。すう、と小さく息を吸って、吐く。

「…俺、言いましたよね。もし兄ちゃんを悲しませたり傷つけたら許しませんからね、って」
『……ああ、そうだな』

 堂々としている桜田さんを思い出す。あの時とは全然違う様子に、何があったんだろうかと気になる。桜田さんは兄ちゃんを大切にしてくれると思ったんだけど、俺の読み間違いかな。

「…何があったんですか? 兄ちゃんは、自分が悪いって言ってましたけど」
『今日、家に俺様の従兄妹が来ただろ。真由っつー女』
「ああ、パーティーだったんですよね」

 電話の向こうで、え? と桜田さんが不審な声を出す。え? パーティーだって、言ってたよな? 

『まあパーティーと言えばそんなもんかも知れねえが、今日は見合いだったんだ』
「へ? 見合いって…え、お見合い?」

 ああ、と短く返ってくる。俺は桜田さんの従兄妹の顔を思い出す。何でお見合いに兄ちゃんを?

『勿論俺様は大樹を呼んでねえ。大樹が来てたのを知った時は、もう様子がおかしかった』
「……そうなんですか」
『で、まあ、俺様のことが気になって来たとか、女と一緒にいるのを見て嫌な気分になったとか言うもんだから調子に乗って告白した』
「え!?」

 告白したの!?
 俺は思わず叫んでしまい、ハッとして口を塞ぐ。数秒置いて、声を落としながら訊ねる。

「…それで、兄ちゃんは」
『応えられねえ、つって。……泣かせた』

 あ。……兄ちゃんが自分が悪いって言ったのって、もしかして。桜田さんを拒否したから? ……様子がおかしかったのは、桜田さんと女の人が一緒にいたから? 


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