話せないこと

(side:大樹)

 郁人は無言で俺が話すのを待っている。俺はどう説明しようかと頭を悩ませる。優治先輩に告白されて、俺じゃ釣り合わないと思ったから断った。…辛かった。それと同時に確信した。やっぱり俺は優治先輩のことをそういう意味で好きだということだ。
 それを郁人に話すのはどうだろうか。引かれたらどうしよう。

「……話せない?」

 郁人は心配そうに俺を覗き込む。俺は答えられないでいた。

「もしかしてあの人になにかされたとか…。あ、桜田さんは? 相談した?」

 優治先輩の名が出て瞬間、体がびくりと震えてしまった。あからさまな俺の反応で、郁人は優治先輩関係だということに気がついただろう。

「桜田さん? ……桜田さんが、何かしたの?」

 郁人の声が低くなる。立ち上がろうとした郁人を慌てて引き留める。

「ちが、…違う。優治先輩だけど、……悪いのは、俺なんだ」
「兄ちゃんが?」

 俺は静かに頷く。思い出しただけで胸が辛くなって、泣くまいと目をぎゅっと一度瞑る。目をそっと開けて、郁人を見つめた。

「……郁人、悪い。今はまだ、話せそうにない」
「うん、分かった。こっちこそごめん。……いつか話せそう?」
「分からない」

 そっか、と郁人は笑う。そして、あ! と何かを思い出したように声を上げる。びっくりして目を見開くと、スマホを持ち上げて画面を俺に見せる。

「見て見て! めっちゃ可愛くない!?」
「っあ、ああ。郁人の好きな子…」
「そう!」

 画面の中の可愛らしい女の子がこっちへ笑いかける。確か亜矢子ちゃん。困惑する俺を他所に、郁人は亜矢子ちゃんについてべらべらと語る。俺を気遣って、明るい話にしてくれたんだな。郁人の優しさに、少し心が軽くなった。


















「兄ちゃん、ちょっと携帯貸してー」
「いいけど、なんで?」
「俺のスマホじゃ開かないファイルがあってさ。そっちで開けないかなって」
「ああ、なるほど。はい」

 夕食時。大分落ち着いてきた俺は、恐らくいつも通りだと思う。郁人に携帯を手渡すと、ありがとうと返ってきた。俺はそれに短く相槌を打って、テレビを見る。一般庶民の女の子が金持ちで美形の男と交際するドラマが放送されている。俺はぼんやりそれを眺めながら、いつの間にか脳内で俺と優治先輩に置き換えていた。はっと頭を振って有り得ない想像から抜け出す。

「兄ちゃん、ありがとう」
「ああ、開けたか?」
「開けた!」

 俺はテレビから視線を外さずに携帯を受け取る。郁人の表情の変化に気づくことはなかった。

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