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 優治先輩に連れられて来たのは、控室のような場所だった。関係者以外立ち入り禁止のようだったが、良いのだろうか。
 周りを見ると、控室だというのに豪華なホテルの一室のように感じられた。中には誰もおらず、微かにダンスパーティーの音が聞こえるのみだった。背後でドアが閉まる音とともに手首が放され、優治先輩が振り返る。

「どうして来たんだ」

 声は些か刺々しい。

「…すみません」
「謝ってほしいわけじゃねえ。どうしてだと訊いてんだ」
「それは…」
「真由に無理矢理連れて来られたか」

 確かに断っても連れて来られただろうけど、俺は自分の意思でここに来た。静かに首を振って、否定を示す。

「気になったから、来たんです」
「気になった?」
「優治先輩が、どんな方と見合いをするのか、気になったんです」
「は…」

 呆然としたように目と口を開く優治先輩。引かれたかもしれない。俺のことをただの後輩だと思っているなら、そんなことすんなと思うだろう。

「そ、それは、その、どういう」

 優治先輩は驚くほど動揺している。俺は嬉しさを感じるとともに、悲しみに襲われた。

「お前は、俺様が女といるのが嫌…だったか」

 俺は答えられなかった。無言の肯定。優治先輩も俺の反応を見て、肯定だと判断したようだった。

「女と、さっきの奴と結婚するつもりはねえ。俺様はお前が、お前のことが、す――」
「やめてください」
「……あ?」

 甘く漂った空気がぱっとはじける。俺はもう一度、やめてくれと口にした。

「なんだよ、それ」

 困惑と、苛立ちが混じった声。優治先輩は一歩、こっちへ近づいた。俺は逃げるようにして後ろに下がる。

「おい、ちゃんと聞け。大樹」
「…やめ」

 て、と言いかけた俺の肩を掴み、自分の方へ引き寄せる優治先輩。その力に抗えず、先輩の胸にぶつかった。

「好きだ」

 心臓が止まった気がした。聞いてしまってから、じわじわとした熱が胸に広がっていく。優治先輩は確かめるように、もう一度呟いた。今度は体を少し離し、俺の顔を見て。

「好きなんだよ、お前が」

 優治先輩の熱の籠った目と、声が俺に気持ちを伝えて来る。目から、涙が零れた。驚いたように見開かれる先輩の切れ長の目。
 何もかも釣り合わない。見る政界が違う。俺が優治先輩を好きになる理由があったとしても、好かれる理由など見つからない。止めて欲しかった。よりにもよって、こんな現実を突きつけられた日に。


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