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 軽い挨拶が行われた時もずっと優治先輩の父親の顔を見ていて、あまり話を聞いていなかった。…まあ、ちょっと失礼だが、別に内容を聞かなくても良いし。あの人が優治先輩の父親だということが知れただけで十分だ。

「それでは、桜田優治様、四ノ宮友梨佳様のご入場です!」

 どきっとする。優治先輩…と、見合い相手の女性。固唾を飲んで入り口を見守る。スポットライトが大きな扉を照らす。ぎい、とゆっくり開いてスーツ姿の優治先輩とドレスに身を包んで、先程の真由ちゃんのように腕を組んだ女性が二人、入ってきた。
 ……なんか、結婚式みたいだ。見合いもこういうパーティーも初めてだから良く分からないけど、こういうもんなのか。なんか、嫌だ。真由ちゃんも嫌なんじゃないだろうかと横目で見ると、凄い形相で相手の女性を睨んでいた。睨まれていない俺でも怖い。暗くて皆優治先輩たちに注目しているからバレないだろうけど、良いのかそんな顔して。
 俺は再び優治先輩に視線を戻す。優治先輩は口元に薄らと笑みを浮かべている。でも、あれは仕方なく、だろう。いや、俺がそう思いたいだけだ。だって、美男美女だし、お似合いだ。俺はぎゅっと手を握りしめる。この場から逃げ出したかった。
 俺は性別も、家柄も、容姿も…全部、あの女性に適わない。世界が真っ暗になった。










 それからのことはあまり覚えていない。気がついたらダンスパーティーで、真由ちゃんに腕を引っ張られた。

「どう?」

 真由ちゃんが満面の笑みを浮かべる。俺に向けられるべきではないその笑みは、不気味だった。

「アンタが優治お兄様に相応しくないって、分かったでしょう」
「……真由ちゃんは、だから、俺を…?」
「パートナーを必要としてたのもあるけれど。私は親切でやってあげたのよ。今ならまだ引き返せる。あの瞳とかいう女と付き合いなさい」

 俺は言葉が出なかった。瞳はともかく、…諦めた方がいいのかもしれないと思った。万が一優治先輩と付き合うことができたとしても、俺が耐えられない。先輩を縛り付けたくない。

「……俺、帰る」
「そう。じゃあ、送るわ」
「いいよ」
「パートナーを置いて先に帰るなんて、失礼だと思いませんこと?」

 確かにそうかもしれない。でも、俺はそんなことを気にする余裕がなかった。無視して入り口に向かうと、ちょっと、と咎める声が飛んできた。ヒールの音がするから、ついてきているらしかった。
 ブレスレットを受付の人に返し、外に出る。扉を開けた先に、そこにいるはずのない人物がいた。

「…大樹?」

 窮屈そうにネクタイを触る優治先輩が、目を見開いた。
 

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