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「いや、別に…」

 真由ちゃんの鬼の形相が脳裏に浮かんで苦笑が出てくる。俺の答えに、郁人はあからさまにほっとした顔をする。…もしかして、郁人、お前。好きな子いるだろ。胡乱な目で郁人を見ると、違うと否定された。俺の考えていることが分かったらしい。それならいいかと先程の質問を頭の隅にやって、真由ちゃんのところへ向かう。
 真由ちゃんは笑顔を浮かべて俺を迎えた。

「準備はできましたか?」
「もう大丈夫。ごめん、待たせて」

 謝罪すると、笑顔のまま首を振った。その笑顔が若干黒いことを気にしないようにしながら、真由ちゃんに付いて行く。郁人たちも玄関まで来て、失礼のないようにと何度も俺に言ってきた。多分大丈夫だと思うが、そんなに心配されると俺は無意識で何かをやってしまっているのではと不安になってくる。そんな気持ちのまま、俺は外に出て高級車に乗せられた。

「あの、俺本当に来て良かったの?」
「今更何言ってんのよ」

 お嬢様口調じゃなくなったことに目を丸くする。運転手の方をちらりと見ると、真由ちゃんは面倒そうに運転手は知ってると呟いた。あ、そうなんだ…。

「けど、余計なことはしないでよ。アンタは黙って私の傍にいること。いい?」
「う、うん…あ、でも俺すぐに帰るよ」
「はあ? ふざけんなよカス」

 ギロリと睨まれて、俺は目を逸らした。女の人といる先輩を長い間見たくない。そんなドロドロとした醜い気持ちがあった。それに、どう考えても俺は場違いだ。金持ちのマナーとかも良く分からない。だから申し訳ないけど、俺は先に帰らせてもらいたい。

「アンタがいないと面倒だっつってんだろ」
「…ああ、ダンスだっけ。でもそれ断ればいいんじゃ…」
「あ?」
「……分かったよ、帰らない」

 真由ちゃんがどうしてそんなにしてまで俺を帰したくないのか良く分からない。ダンスのことだけで、引き留めるだろうか? 何か別の理由がある…?
 満足げに頷く真由ちゃんをじっと見るが、結局分からなかった。

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