トランプと再会(手の舞い足の踏む所を知らず)

「……まさかな」

 会長さんは僕の頭部――耳辺りを見ながら、顔を引き攣らせた。会長さんって鋭そうだし、何か気づいているのかも。僕はこっそり笑う。

「…とにかく、そっちのは不法侵入だろ。まだここにいるつもりなら正式な手続きをしてもらう」
「めんどくせ」
「あぁ? じゃあ出てけよ」

 会長さんが目を三角にして帽子屋を睨む。僕は呆れながら二人から視線を外した。――そして、視界の端に見覚えのある、真っ赤な服があった。

「あー!」

 それから発せられた大声。僕の口元はゆるゆると上がる。まさか、彼もいるなんて。

「帽子屋さんこんなとこいたんですか! 探しましたよ!」
「あぁ…?」

 どどどど、と足音を立てて近づいてきた彼――ハートのトランプは帽子屋に掴みかかろうとした。だけどそれをひらりと躱し、ハートのトランプはべしゃ、と地面に倒れた。

「な、何だ…?」

 会長さんは目を瞬かせてハートのトランプを見る。バッと起き上がったハートのトランプは、会長さんを一瞥して、そして僕を見た。

「……っ! チェシャ!」

 目を輝かせてすっと立ち上がると、ぎゅっと僕を抱きしめてきた。少ししか離れてないのに、こんなにも懐かしい。帽子屋に再会した時と全く別の感情だった。

「トランプよォ、よっぽど引き裂かれてぇみてェだな?」
「はっ!」

 一瞬で青ざめると、僕から離れてしまった。ううん、残念だなあ。

「また不法侵入者かよ…」
「…? 誰や?」
「会長さんだよ」

 帽子屋の時と同じように紹介すると、よくわかってなさそうな顔でふうんと頷いた。

「ようわからんけど、不法侵入やないで。ちゃんと許可とっとるし、宿もある」
「はぁ…?」

 え、そうなんだ。一体誰が宿を用意したんだろう?

「そんでな、チェシャ。俺たちはチェシャを連れ戻しに来たんや」
「え、僕帰れるの?」
「具体的にはわからんのやけど、ιっちゅー奴がな、連れ戻すには俺たちの力が必要やって」

 僕はちらりと帽子屋を見た。どう考えてもイカレ帽子屋は人選ミスだと思うけど。そのιっていうのは何を考えてるんだろう?

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