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 寮の入口は人で賑わっていた。この時間は多いのか、と溜息を吐きたくなる。
 目の前を歩いているイカレ帽子屋はそれはもう苛立っていた。背後にいる僕でも分かるのだから、周りにはもっと伝わっているだろう。現に真っ青になって道を開けている
。しかし、帽子屋の姿に目を輝かせ、頬を染めて見ている勇者もいる。命知らずだなあと呆れる。確かに帽子屋は格好良いけど、それ以上に凶暴すぎる。

「……ッチ」

 舌打ちが大きく響いた。イカレ帽子屋は立ち止まり僕を見てニヤリと口を歪めた。僕は帽子屋の手が懐に入っているのに気づき、息を飲む。

「……やめてよね、こんなところで」

 顔が引き攣ったかもしれない。イカレ帽子屋は不機嫌そうにぐっと眉を顰めた。

「アァ? じゃあ"こんなところ"じゃなけりゃいいってことかァ?」
「…そうだよ、帰ったらね」

 ふんと鼻を鳴らして手を懐から下ろす。少しは機嫌を直したらしい。周りは僕たちの様子を黙って見守っている。ひそひそと聞こえるのは、僕たちの関係のことだ。確かに帽子屋と僕は奇抜な格好をしているし、顔も整っているから注目は浴びることは分かっているけど、付き合っているんじゃ、という声には疑問を覚えるよ。
 ――まあ、何にしろ騒ぎが大きくならなくてよかった。別に僕はここの人間が何人死のうが関係ないけど、騒ぎを起こすのは厄介だ。ここでは銃を持つのはルール違反と聞いているから、帽子屋のそれが見つかったら間違いなく…――惨劇が起こる。それを治めることができるかと訊かれたら、はっきり言って難しい。
 イカレ帽子屋が再び足を動かし始めた。僕も習って前に進む。

「ところで、どこに向かってるの?」

 返事はない。…きっと、というか絶対にどこかに向かって行っているわけじゃないだろうな。僕も帽子屋が何でここにいるのか、どうやって来たのか、向こうの世界は今どうなっているのか――訊きたいことは沢山ある。答えてくれるかはともかくとして。
 アリスは、今何をしているだろうか。ぎゅっとネックレスの指輪を握る。

「…じゃ、こっち来てよ」

 イカレ帽子屋の手を引くと、ひゅうと口笛が聞こえた。それを発したのは勿論横のこいつで、するりと僕の手を払った後手を絡ませてきた。ワンダーランドで良くされたこの状態に懐かしさと呆れが混ざった感情になる。
 はあと溜息を吐いて、僕は笑みを貼り付けると寮を後にした。

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