2

 何で、という言葉が頭を占める。僕の動揺に気づいたのか、耳元でふっと笑う声。

「――なっ…。こいつ、一体どこから…」

 りゅーいちくんが僕と僕の後ろにいる奴を交互に見て困惑している。そうだ、イカレ帽子屋はどこから現れたんだろう。

「あぁ? 何コイツ」

 きっと恐ろしい顔をしているんだろう。りゅーいちくんの顔が青くなった。どうしようかと考えているとぐっと首に回った手に力が入る。僕は平静を保ちながらその手を掴んだ。

「放してくれないかな、帽子屋」
「ツレねえよなぁ、チェシャ。俺はこんなにも会いたかったんだぜ?」
「…っ!」

 僕は顔を歪めた。耳を握られ、ピリピリとした痛みが伝わる。りゅーいちくんは僕をなんとか助けようとあたふたしているけど、このイカレ帽子屋を前にして、そんな勇気は出ないようだ。賢明な判断だと思う。この男に逆らって消えていった「役なし」を何度も見てきた。

「ぁ――、ああぁぁあ! チェシャ!」

 びくりと震える。聞き覚えのありすぎる声だ。何でよりにもよってこのタイミングで。

「か、カズマ…」

 りゅーいちくんは更に顔を青くする。イカレ帽子屋の非道さを知らないりゅーいちくんでも、この状況はヤバいと感じているらしい。

「何やってるんだ!? 俺も混ぜてくれよ!」
「……何だァ? このちまいのは」
「あっ! 誰だお前!? 俺はカズマだ! カズマって呼べよ!」

 恐れ入った。まさかイカレ帽子屋に一度もビビらず声をかけられるなんて。バカなのか勇気があるのか…。……今までの行動とか見る限り、前者だろうね。

「…おいクソネコ。こいつ追っ払え」

 殺してもいいんなら別だけど、僕にだけ聞こえる声量でそう呟いた。チャキリと銃の音が聞こえ、僕は少しだけ体を強ばらせる。そして笑みを貼り付けると、カズマに声をかける。

「カズマ」
「チェシャの友達か!? なあなあ、名前教えてく――」

 爛々と目を輝かせて僕に近寄るカズマにイカレ帽子屋が舌打ちをする。

「構ってらんねえな。よォし、行くぞチェシャ」
「え?」

 首に手を回したまま歩き出すイカレ帽子屋。ぐっと首が締まり、慌ててしゃがんで手を外す。呆然としているりゅーいちくんと何やら喚いているカズマを置いて、僕たちはその場を離れた。

[ prev / next ]

しおりを挟む
[back]