僕の名前(臍が茶を沸かす)

 は?
 思わず呆気にとられて目を丸くしてしまった。なにそれ、どれだけ人の名前否定すればいいのかなこのコは。
 隣の男はカズマの言うことに何一つ突っ込むことはせず、僕を訝しんだ目で見ている。……って、ちょっと待ってよ。何で僕が頭の可笑しい人間(ていうか猫)みたいな視線で見てくるの? 僕からしたらキミらの方が可笑しいんだけど。

「じゃあチェシャって呼んでよ。皆にそう呼ばれてるから」
「……いつか教えろよ! 俺のこと信じてくれていいからな!」

 困ったような顔をすれば(勿論態とだ)見当違いのことを言ってきた。あー、もう勘違いを訂正する気にもならない。ていうか飽きてきた。内心溜息を吐いていると、男が舌打ちをして口を開いた。「おい、お前」

 「何かな?」僕は憎たらしい笑みを浮かべて視線を遣った。途端に顰められる端正な顔。
 あらら、いい顔が皺で台無しだよ。そう言おうかと思ったけど、僕は空気が読めないわけじゃないし(敢えて読まないことはあるけど)、ちょっと面白そうだから、男に視線を向けた。

「そんなふざけた格好して気を引こうったって無駄だからな。カズマは渡さねェ」
「へ?」

 何を言っているんだろうと目を数回瞬かせる。ていうかふざけた格好なんてしてないし、こんな黒い物体の気を引こうなんてトチ狂ったことしないよ、僕は。
 内心自慢の格好を貶されたことに苛つきながら首をちょっと傾げると不良くんはカズマの肩を抱いて自分に引き寄せた。「なっ、何すんだよ隆一!」ぎゃあぎゃあと喚く煩い物体の髪からはみ出た顔は真っ赤に染まっている。……えーと、どういう状況?

「えっと、つまりホモなの?」
「おい、そんなこと言ったら駄目だろ! お前はそれだけで差別すんのか!」

 いや、別に差別とかしてないんだけど。ホモなのか訊いただけなんだけど。
 実際ワンダーランドには女はアリスしかいないからホモなんて珍しいものじゃない。寧ろ主要人(動?)物は殆どがホモだといってもいいと思う(ベタベタくっついてくるイカレコンビとかね)。ま、僕は違うけど。恋愛とか興味ないし。

「そんなことないよ。で、二人は付き合ってるの?」
「んなわけないだろ!」

 あ、…ないんだね。さっき差別はいけないとか言っていた割に顰められた(多分)顔と嫌そうな声に呆れる。言ってることが無茶苦茶だ。不良くんを見ると悲しげな顔でカズマを見ていた。……ははん、ナルホド。つまり片思いな訳だね。正直趣味が悪いと思うけど個人の嗜好だしね。カズマはカズマなりに良いところだってあるんだろうし。僕は生理的に受け付けられないけど。でもそうか、――片思いねぇ。

「そういやチェシャはこの学園の生徒なのか!?」

 知らない単語がまたも出てきて参る。どうにかこの場を切り抜けようと考えていた時にそれは現れた。

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