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 その冷めた瞳に帽子屋を思い出して内心ぞっとしているとレンはぐしゃりと顔を歪める。そんな顔でも整った顔はいやに崩れなかった。

「チェシャ、大きな穴って何のことだか分かるか?」
「――まだその話続いてたの? 僕、言ったよね。人間だから完璧じゃないって」
「ああ、言ったさ。でもな、チェシャ、その穴ってつまりは弱点なんだぜ? それを人につけ込まれる可能性があると思うんだ考えてないだろう。世の中は広い、色んな人がいるんだ。恐ろしく馬鹿な奴も、恐ろしく賢い奴も。そりゃあ俺にだって弱点とかそういうものはあるよ、勿論。寧ろない人なんていないと思う。だけど俺はつけ込まれずにすんでいる。何故か? ちゃんと分かっているからだ、弱点を。その点お前は分かっていない」

 突然、手が伸びてきた。しまったと思ったときには肩を思い切り掴まれ、背中を壁に押しつけられていた。どん、と音がして痛みが広がる。思わず顔を顰めた。抵抗しようにも力が強すぎて腕が動かない。僕はレンを見上げて睨んだ。レンは僕を見下ろして鼻で笑う。…何それ、馬鹿にしてるの?

「お前の決定的な穴はなぁ、油断と自信だよ」
「油断と自信? そんなことあるわけ」
「ないって言えるのか? それも自信だろ。自分を過信しすぎるな。それに、この状況だって。明らかに職員室へ行く道を外れているのにも気づかない。人が全くいないなんて可笑しいだろ。――そして、致命的なミス」

 掴まれた肩が熱い。ジクジクと心を抉り盗られるようだ。僕は顔を歪めた。

「なあチェシャ、人間に猫耳なんて生えないんだよ」

 その瞬間、ジワリと顔に熱が宿ったのを感じた。ああ、これは屈辱からきたものだ――。近づいてきたレンの顔をボーっと見つめながら、僕は自嘲的な笑みを浮かべた。

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