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「…チェシャの居場所だけれど、実は心当たりがあるわ」
「――え!?」

 先程からソワソワと落ち着きのなかった全身真っ赤な服を着た、褐色肌の少年は思わずといったように叫んで、顔を輝かせた。しかし、じろりと女王に睨まれて慌てて口を手で押さえる。再び静かになったのを確認してこほん、と咳を一つ漏らして改めて言葉を紡ぐ。

「人間界よ」
「にんげんかいィ! そりゃあまた大層なとこいきやがったなぁ! ンで、にんげんかいってどこだよォ?」
「ギシャシャー! てめぇ知らねえのかよ!? 俺も知らねえけどな!」
「黙れっつってんだろ」

 この一人と一匹以外は女王の話を真剣に聞いているというのに、イカレコンビは全くと言っていいほど緊張感なく笑い合っている。溝鼠こと、眠りネズミのヤマネは口の中で小さく舌打ちをするが、口を出すことはないようだ。ヤマネと言い合っていた白ウサギも然り。彼らの声は明らかにヤマネより五月蠅いが、その迫力に口を出せずにいた。このコンビと対等な立場なのは女王と――そしてチェシャ猫なのだ。

「じょーおーサマもイラついてんなぁ? まーァ、俺っさまもだけどよォ! 俺から逃げるなんて許されることじゃあねえよなぁ、チェシャよぉ」
「ギシシシ、俺もー! まだ虐め足りねえッツうんだよなぁ!」

 コンビの欲情しているギラギラとした目に女王以外はひやりとし、背筋に嫌な汗が流れた。このコンビはどうやってあの高貴な猫を陥れるか、どうやって自分に堕ちるかという悪質で悪徳な悪癖をしていた。そう、彼らは狂っているのだ。

「で、でもホンマに人間界ってどこにあるんですか」

 独特なイントネーションで何とか言葉を発した全身赤の少年は、チラチラとイカレコンビを気にしている。

「人間界という場所は、アリスのいた世界よ。故郷というべきかしら」
「えっ!?」

 女王のその言葉にコンビ、アリスを除くその場にいた全員は驚いてアリスに視線を向けた。やっぱりという風にアリスは俯いている。
 (俺は知らず知らずのうちに違う世界に足を踏み込んでいたということか)白ウサギは顔を引き攣らせた。

「取り敢えず、色々説明しなければならないわ。出てきてちょうだい、」

 パチンと指を鳴らすとどこからか姿を現した男。その名は、

「ι」
「……どーも」

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