▼ Example is better than precept.
(no side)
チェシャ猫が人間界のことについてYから教わっている同時刻。ワンダーランドのある場所では騒然としていた。
「どういうことだよ……?」
ぽつりと呟いたのは一体誰だったろう。
女王の城に集まった眉目秀麗の男女たち。ある顔には困惑、ある顔には苛立ち、そしてまたある顔には絶望が浮かび上がっていた。しかし、中にはどうでも良さげに窓の外を眺めている奴もいた。その中で苛立った表情で視線をさ迷わせていた男は、痺れを切らして女王に詰め寄った。
「おい、糞オカマ! どういうことか説明しやがれ!」
「……、」
「黙ってないで何とか言えよ!」
「うるせぇですよ、溝鼠」
「どぶねっ…てめぇ!」
「ふん、事実を言ったまでですよ」
「やっやめてよ! 今、それより大事なことがあるんじゃないの!?」
今にも喧嘩に変わりそうな一触即発の空気を破ったのは少女の声だった。 大きな瞳に涙を溜め、言い合いをしていた二人を睨んでいる。しんとなった部屋に二つの謝罪が響いた。「……すまねぇ」「…悪かったですよ」
「――落ち着いたかしら?」
凛とした声を響かせる"彼"はこの国を治める女王だ。彼を男だと知っているのは不思議の国のアリスのメインキャラクターの数人だけで、見た目も声質も言われないと分からない程彼は女に成りきっていた。
彼は反応が無いことを確認して、再び口を開く。
「皆は知っているかと思うけれど、チェシャ猫が"ココ"から消えました」
息を呑む声が響く。同時にひゅう、と口笛が聞こえた。
「口を閉じなさい、帽子屋」
「いーや、いやいやいや、すげえ愉快なことじゃねえの。ギャッハハハハ、ああなんつー愉快な出来事だ!」
「おいオイ、イカレ帽子屋さんよォ、俺はちゃんと黙ってたんだぜエ? 一人で笑うなんて狡いじゃねえか、くくっ、ギシシシシシシ!」
「おーおーそりゃあすまねえなあ、それにしても何だ、チェシャはお母さんでも恋しくなったンか! やべえ、想像したらウケるぜ、ギャハハハハハハ!」
イカレコンビと名を馳せる彼らは見るからにイカれ、狂っていた。先程勇敢にも喧嘩を止めるように間に入った少女――アリスも、流石に二人…否、一人と一匹を止めることはできなかった。それどころかそのイカれている雰囲気に体が自然と後退する。
「黙れよ糞共」
ドスを利かせた低い声を出した女王に、帽子屋と三月ウサギは顔を見合わせ、肩を竦めると渋々黙る。
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