僕はチェシャ猫(青天の霹靂)

 僕はチェシャ猫である。別にこれは比喩でもなければ喩えでもないし、戯言でもない。僕は紛れもなく"チェシャ猫"だ。ニヤニヤと口を緩ませ、掴み所のない性格をしている(と自負している)僕だが、今は柄にもなく混乱して、また、動揺している。
 取り敢えず事の整理をしよう。昨日は確か木の上でのんびりと寝転んでた。暫くしてアリスから茶話会に行く旨を伝えられたから僕も嬉々としてそれについて行ったんだっけ。――ああ、こう見えて僕、アリス大好きッ子なんだよね。ま、誤解を招きそうだから訂正しとくけど、別にアリスをそういう対象でみているわけじゃない。妹のような存在だ。僕たちの関係を強いて言うならば、そうだな、良くて仲良き姉弟、悪くて仲の悪い夫婦って感じ?まあそれはどうでもいい戯言であるし、豆知識程度に知っておけばいいことなんだけど。
 えーっと、それで茶話会が終わってまた木に登って眠りについたんだよね。で、気がついたら知らない地にいたというわけさ。ところで一体ここはどこだろう? イカレコンビたちの質の悪い悪戯とも思えないし。
 周りを見てみると、青々と茂っていた木と草花は極端に少なくなり、目の前にはハートの女王が住んでいるような豪邸があって。――で、ここは間違いなく僕の知らない場所なんだけれどどうしようか。こういうときあのイカレコンビやヘタレウサギ、腐れ卵でもいい。取り敢えず何か訊けたら良いのだけれど生憎いないし。――否、いたとしてもプライドにかけて訊くことはまずなかっただろう。
 それにしても、あの煩いヤツらがいないのは逆に清々するし(強いていうならアリスはいてほしかったけど)、なんだかちょっと新鮮で面白そうだ。

「なっ、なあお前! 変な格好してんな! コスプレか!?」

 チラリと声のした方を見ると、黒い物体がそこにはいた(変な格好って…。凄い失礼なことをサラッと流したよね)。癖毛なのか寝癖なのかは知らないが、あちこち跳ねている髪は如何にもごわごわとしてそうで、しかもそれは顔全体を覆っていた。全く手入れがされていない様子でかなり不潔に見える。オマケに眼鏡から目が透き通っていないというミラクル(これ絶対髪だけのせいじゃないよね)。

「おいっ、聞いてんのか! つか気持ち悪い作り笑いすんなよな!」

 ……うん? 今何て言ったのこのコ。
  少し頬を赤くしながら声を張り上げる黒い物体。ピクリと猫耳が反応した。――というかさっきも思ったけど、このコ誰な訳? 僕のこと知らない様子だし、僕だって割りと情報通なのにこんなコ知らない。序でに言うと"こすぷれ"って何だろう。僕が知らなくてこのコが知ってるとか凄く侮辱的だから絶対訊かないけどね。

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