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「……彼は?」

 会長さんは気遣わしげに僕に訊ねた。いつもなら冷めた目で見つめるけれど、僕は今回、それをしなかった。

「……ずっと古くからの、友人だったんだ。家族と言ってもいいくらいだよ」

 別に彼のことを話す必要はなかった。だけど、なんでだろ。会長さんには正体ばらしちゃったり、こういう弱みになること話しちゃったり、どうかしてる。……会長さんが一人で頑張っていたからかな。僕は彼を信頼しているんだろうか。
 なんて、馬鹿みたいだ。僕は溜息を吐いた。それを勘違いしたのか、会長さんは無理に話さなくていいと気を遣ってきた。

「やめてよそういうの」
「お前せっかく人が心配してんのに……。じゃあ、なんだよ? そいつは何をしてリコールされたんだ」
「……裏切ろうとしたから」
「裏切ろうとした?」

 さらりと風が僕たちを撫でる。先ほどまで気持ちよかった風が、生温く感じられて、気持ち悪い。

「ここの世界には国がたくさんあるそうだね」
「あ? ああ、まあ」
「僕たちの世界も国がいくつか分かれていてね。……いや、自然と分かれたって言った方が正しいかな。僕たちは僕たちが行きたいところに行って、そこを住処とする」

 特産品があって、貿易も盛んだ。
 僕たちは上手くやっていた。

『ねえチーくん、ここにね、花が咲くんだ。チーくんも気に入るよ』
『チーくん、僕、とんでもないことをしちゃったんだ』
『リコールを受けたんだけど、特に異常はないみたい。リコールって、なんだろう?』
『ねえ、チーくん、どうして無視するの。僕はここにいるのに!』

 ――そんなの知らないよ。だって、僕には、君が見えない。

「おい、猫?』
「…彼は花の精でね。愛らしくて優しくて、皆から好かれてたよ。いつも花のことを楽しそうに話していた彼が、ある日突然、青ざめた顔で言ったんだ。殺されるって」
「殺される…?」
「その頃はまだ誰もリコールされたことがなかったんだ。僕たちの代になってからは初めてのことだったから、リコールがどういうものか分かっていなかった。彼はね、違う国の花の精と、恋に落ちたんだ」
「それだけか?」

 口を挟んでくる会長さんを鬱陶しげに睨むと、静かに口を閉じた。僕はそれを見て、ふうと息を吐く。

「そんなわけないじゃない。女王はそんなに心が狭くないよ。彼がやってしまったのは、その娘に、情報を流してしまったこと。……今でも争いは起きるけど、あの時は多かったんだ。友好的にしておきながら、ずっと土地を得る機会を窺ってた。……つまりさ、騙されたんだよ、彼は」

 太陽のように笑う顔を最後に見たのは、いつだったかな。

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