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「まァ兎に角座ろーぜ」
「…うん」

 適当な席に腰をかけると、Yが機械を渡してくる。その正体不明のものに首を傾げると、Yは笑いを含んだ顔で使い方を教えてくれた。

「カードを翳して認証すんだよ。で、和食、洋食、中華の中から頼みたいものをタッチして決めるって訳ナ。因みにこのボタン押したらお気に入りに入るから、次からは態々探さなくてもお気に入りから頼めるんダ。だから時間が短縮できるゼ」
「へえ、便利なんだね」

 素直に感心する。それに自慢気に笑うYに呆れながら頬杖を付く。
 早々に頼み終わったYの次に洋食のジャンルからフィッシュ・アンド・チップスを選び、機械を充電器に差し込んだ。Yはそれを見届けて少し考える素振りをすると立ち上がる。「ちょっと席外すな」僕は肯く。
 去っていくYの背中を一瞥して、横に視線を遣った。隣に座っていた割と整った顔立ちの男(ちょっと地味顔だけど。そういやワンダーランドには美形ばかりだったということか)が食べている舌平目のムニエルに視線が釘付けになる。何あれ、凄く美味しそうなんだけど。
 僕の視線に気づいたらしい男が無表情に僕を見た。

「食べたいの?」
「え?」
「これ」

 「あ、――うん」指差された美味しそうな魚を前に僕が頷くと男はそう、と一言言って皿を僕の前に置いた。目を丸くする。

「俺はもうお腹一杯だから」
「そうなんだ。有り難う」

 別にと静かに呟いた男は機械の側にあったボタンを押して立ち上がると、その直後にウェイターがやってきた。男は一度頭を小さく下げると出口へと足を進める。雰囲気が凄く大人っぽい人だったなあ。少しだけ食べられた魚を箸でつつきながらワンダーランドの皆もあれくらい謙虚だったらと想像してみる。気持ち悪くてすぐ止めたけど。
 入れ違いで入ってきたYは既に食べ始めてる僕に不思議そうに見てきた。ん? でもYは"管理人"だから知ってるんじゃないの? 僕の心を読んだようにYは顔を顰める。

「俺だって何もかも知ってるわけじゃねエからな。何でも知ってるんじゃないのって顔やめろヨ」
「そうなの?」

 「まあ詳しいことは追々な」
僕の前に座ったYはそう話を切り上げると厨房の方を向く。僕もそっちを見るとこっちへ向かってくるウェイターが一人。

「お待たせ致しました」「サンキュー」

 軽く手を挙げるYを横目に僕もお礼を言う。ウェイターは僕の格好を見ると目を見張った。そこまで驚かれるとちょっと傷つくなあ(嘘だけど)。

 「あ、そっち僕ね」Yの前に置かれそうになったフィッシュ・アンド・チップスを見て僕はウェイターを見上げた。一瞬間が空いてから慌てて謝ってくるウェイターをサラリと流すと僕は男から有り難く頂戴したムニエル(因みにレモンソースだ。あっさりしていて凄く美味しい)の最後の一口を口に放り込んだ。

「じゃア食べながらこの学園について話すっカね」

 一礼して去っていったウェイターの背中を一瞥だけすると、Yは頼んだナポリタンの麺をフォークに絡ませながら話を切り出した。

「まず、ここじゃあ同性愛者が一般的なんダヨ。大事な跡取りをどこの馬の骨かも分からないオンナに引っかからせたくないと考えた親はこの学園に放り込んだンだ。だがそれはある意味成功し、失敗した。中高一貫のここは思春期真っ盛りで好奇心旺盛な奴らは欲に負けて男に手を出し始めたンだ。まァ、それでここでは付き合ってる奴らが沢山いるって訳な」
「ふうん。でも僕のとこでも良くあることだから偏見とかは別にないけどね」
「そりゃ良かったゼ。あとこの学園じゃあ顔と家柄が重視される。お前みたいなのは美形に入るからモテるだろうなァ。家柄は普通ってことになってるから凄くはないだろうが、親衛隊ってのができる」
「しんえいたい?」
「簡単に言やぁ特定の人物を崇拝する集団だ」

 …そんなものあるんだ。僕のいた所と全然違うんだなと改めて思う。崇拝してどうするんだろう。結局は自分が一番じゃないか。これが文化と価値観の違いかな。

「後は二大組織だな。生徒会っつー学園を仕切る集団と風紀委員会っつー風紀を取り締まってる集団な。これは本来の学園とちょいと違くてナ、教師の方が地位が低いんダヨ。逆らったら明日はない、ってな。因みに二つの組織は仲悪ィから」

 よく分からないけど取り敢えずあれだね。その二大組織は偉い、っと。正直興味はない。だって関わってもつまらなそうだし。僕は生返事を返すとフィッシュ・アンド・チップスを口に含む。Yが苦笑したのがちらりと見えた。

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