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 まさかそんな淡白な反応を返されるとは思っていなかったので、僕は目を丸くしたままチェシャ猫を見つめた。チェシャ猫は依然として笑顔だったが、そこに微かな怒りを感じた。

「それで、書記さんは何をしていたの?」

 ――え?
 何って、……どうしてそんなことを? 不思議に思っていれば、仕事をしているのかと訊ねてきた。ぎくりと体が強ばる。一番訊いて欲しくなかったことだからだ。なんとかそれどころじゃなかったと言い訳をしてみるが、彼は言った。言い当ててしまった。

「ミズボシサマに『仕事なんてどうでもいいから、カズマを危険から守れ』とでも命令されたから断れなかった――とか?」
『あなた、カズマより仕事が大事だって言うんですか。僕の好きな人が、仕事より大切だって?』
『そ、そんなことは…』
『それなら親衛隊からカズマを守りなさい。ああ、言っておきますが、カズマに近づいたら許しませんよ』

 僕は、あんな奴、興味ない。守りたくなんてない。転入生より仕事? それは当たり前だ。だって、生徒から、教師から、理事長はこの学園を良くしてくれることを期待し、僕たちに任せているからだ。転入生一人より学園の秩序をどうにかすることの方がが大切に決まっている。しかし僕は水星様に逆らえない。仕方ないって、思った。命令されたから、仕方なく仕事を休んでいるんだ。決してサボっているわけじゃないと、一人で仕事をしている会長を見るたびにそう言い聞かせた。

「そうだね、副会長さんの言葉には逆らっちゃいけないんだもんねえ。……じゃあ、副会長さんが死ねとでも命令したら君は死んじゃうのかな」

 息が、止まる。
 そんなこと言うはずがないと叫ぶ。しかし頭の隅でそれを否定していた。死ねと言われない確証なんてない。特に今の水星様はおかしいから――転入生を傷つけてしまったら容赦なく僕を切り捨てるだろう。兄弟なんて水星様は思ってないのだから。
 死ねと言われたら、僕はどうするのだろう。――……死ぬ、のか。いや、でも。死にたくないという気持ちが確かに存在して、僕はうろうろと視線を漂わせた。チェシャ猫の真っ赤な目がすっと、冷たくなるのを感じて息を飲む。
 次にとんでもないことを言い出して、僕は耳を塞ぎたくなった。もうやめてくれと叫んだ。


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