3

「何で僕なの? 君がやればいいじゃない」

 ――それができるなら、既にやっている。できないから頼んでいるんじゃないか。
 逆らえないということを伝えると、チェシャ猫は首を傾げた。

「なあに? 逆らったりでもしたら、殺されちゃうの?」

 は!?
 僕は目を見開いて、チェシャ猫を見つめる。何を言っているんだ!
 しかし、冗談を言っているようには見えなかった。あからさまに面白うそうに歪んだ笑みではなく、純粋に訊いているように見える。
 ……何でいきなり命が関わってくるのだろう。…まさか、そっち関係の人間…だったり、するのか…?
 質問してみると、少し悩む素振りを見せた後、こくりと頷く。 僕はさり気なく後退した。しかしチェシャ猫はそんな僕を見て笑った。それは馬鹿にしたような笑みに見えた。

「殺されるわけじゃないなら、いいじゃん。何で逆らえないの?」
「それは…僕があの人の側近だから」
「側近だと逆らっちゃいけないの?」
「っ……僕を、妾の子なんかの僕を側近にしてくれたんだ。恩を、仇で返すわけにはいけない」

 苦しい。何で僕は、こんな男にこんなことをはなさなければならないんだ――。
 僕の母は、水星様の父上――僕の父上でもある――と母上が結婚する前に交際していたのだ。しかし数年の交際の後、別れ、水星様の母上と結婚した。その時既に、僕の母は妊娠していたが、それを父上には言わなかった。そして僕が生まれ、母一人で僕を育ててくれた。僕が小学生に上がる直前、突然父上が母に会いに来て、分家に来ないかという話を持ちかけた。母はそれを受け入れる。そして僕は水星様に会う。複雑な思いを抱えて。血の繋がった弟がいるといきなり言われて、しかもその弟が僕を親の敵みたいに見るのが――怖かった。
 家は正妻の息子である水星様が継ぎ、僕はその右腕となるように言われた。勿論異論はない。むしろ僕の居場所ができて、嬉しかった。例え水星様が嫌がろうとも。

「ふうん。…それで?」
「え?」

 え?
 僕は眉を顰めてチェシャ猫を見る。

[ prev / next ]

しおりを挟む
[back]