土下座をする男(御輿を上げる)

(side:尋)

 扉を開けると、土下座をしている男がいた。

「……は?」

 俺はもしかして寝ぼけているのか。仕事しすぎて幻覚を見ているのか。それとも夢か。思わず頬を抓るが、普通に痛いだけだった。とすると、夢という線は消える。そして先程顔を洗ってすっきりしたばかりだから、寝ぼけているというのもないだろう。……一番消えて欲しい線が残ってしまったわけだが。で、これは一体何だ?

「あー、…えーと、……誰だ」

 何となく見覚えがある茶髪に問いかけると、びくりと一度肩を震わせた。

「すみませんでした!」
「!?」

 突然の大声に今度はこっちがびくりとする。
 つーか、この声、まあ予想はしていたが、やっぱり、

「とりあえず土下座やめろ、煕」

 俺の言葉にバッと勢い良く顔を上げる煕は、泣きそうな顔をしていた。そしてのそのそと立ち上がる。

「…会長、ほんと、ごめん。ごめんなさい。俺、仕事、やるから。リコールはしないで欲しい」
「……入れ」
「え、…うん」

 しょんぼりしている煕を招き入れる。いつもニヤニヤとしているのに、こうも大人しいと扱いづらいな…。
 首を切られたサラリーマンのような哀愁を漂わせる後ろ姿を何とも言えない気持ちで眺めながら、ソファに座るよう指示する。煕はこくりと頷いて座った。……だから扱いづらいんだよお前! この前のあの腹立たしい態度はどこへやったんだ!
 向かいのソファに腰掛けると、で、と話を促す。

「お前、いきなりどうしたんだ?」
「……うん」

 いや、うんじゃねえから。
 話すまで待ってみるが、じっと自分の手元を見ているだけで話そうとしない。

「……おい」
「俺さ、待ったんだよ」
「あ?」

 待った?
 何を、と訊く前に煕がぼそぼそと喋る。

「カズマが、来てくれるかって」
「ああ…」

 なるほど。
 もう何日も見ていないカズマの姿を頭に浮かべる。

「で、来なかったか」

 答えはなかった。やっぱりなあ、と苦笑する。

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