拒めなかったのは(青菜に塩)

 イカレ帽子屋たちが来て、数日が経った。イカレ帽子屋が何かしらまた問題を起こすと踏んでいたけど、ぼおっとどこかを眺めていたり僕にべったりくっついていたり、兎に角大人しかった。理由を訊いてみるけど、勿論答えてくれなかった。ハートのトランプも体調が悪そうだったから同じ質問をしてみれば、苦笑して一言。

「空気が合わんみたいや」

 どうやら人間界の空気が合わないらしい。だから帽子屋も大人しいのかと考えていると、ハートのトランプは首を傾げた。

「チェシャは、何ともあらへんの」

 空気を吸ってみた。でも、気分が悪くなることはない。なんでだろう。

「しかし、これで数日で交代っちゅー理由が分かったわ」
「あれ、じゃあもう帰っちゃうんだ」
「ああ…なんも出来ひんでごめんな」
「別にいいよ」

 帽子屋は何もしてなかったけど、ハートのトランプは色々していたみたいだ。申し訳なさそうに僕を見るハートのトランプに別れを告げて、部屋に帰る。ドアを開けると、何かが僕を覆った。モトヤは学校に行かせているから、ここにいるのは――あいつしかいない。

「重いんだけど」
「うっせ」

 弱ってるなあ。僕はぎゅうっと抱きしめてくるイカレ帽子屋の背中を叩くけど、力が強くなるだけだった。

「聞いたよ、ここの空気が合わないんだってね」

 イカレ帽子屋は答えなかった。だけど、ぴくりと一瞬腕が動いたのが伝わった。そしてするりと腕が服の中を滑る。

「ちょっと」
「黙ってろクソネコ」
「っい、」

 がり、と背中を引っ掻かれる。最初はぴりっとした痛みだけだったけど、執拗に何度も同じところを引っ掻かれて本気で痛くなってきた。チッと思わず舌打ちをすると、がりがりと背中を引っ掻きながら、僕の首をべろりと舐める。

「っ」

 このイカレ野郎。生暖かい首元に顔を顰める。イカレ帽子屋はそんな僕を一瞥し、最後に耳――猫耳の方だ――にちゅっとキスを落とした。

「ふざけやがって」
「え?」

 それ僕の台詞じゃないの。

「クソガキ共と馴れ合いやがって。てめーはこのクソみたいな世界似合わねえんだよ。さっさと、俺の元に帰って来い」

 帽子屋の声がいつもより弱々しかったからか、それとも帰ってくることを望まれているのが意外に嬉しかったのか、僕はイカレ帽子屋を引き剥がすことができず、静かに背中に手を回した。


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