無題

(side:チェシャ猫)

 廊下の先に、大きなサングラスをかけた男が立っていた。その男は僕を見ると、近寄ってきた。

「何だか久し振りな気がするよ」
「そうだナ」

 に、と笑うY。

「僕を監視するとか言っていたけど」
「あァ──色々あってナ」

 肩を竦めて言うYは、疲れている……というか、余裕がなさそうだ。

「大変だったんだね」
「まーナァ。そんでサ、ちょっと訊きたいことがあるんだワ」
「うん、何?」

 Yは辺りを見回した。いつ誰が来てもおかしくないからか、ここで話すか迷っているみたいだ。
 一番可能性があるのは会長さんかな。

「保健室の奴がなァ」

 あ。会長さんが保健室にいること知ってるんだ。

「会長さんはワンダーランドのこと知ってるから問題ないよ」
「いつの間にバラしてんダ」
「あれ、いけなかった?」
「アー…。いけなくはないが、良くもねえカナ」
「そうなんだ」

 ふうん。じゃあ次から気をつけよう。覚えてたらね。

「ま、すぐに終わるからもうここで話すゼ。…お前の仲間、何でここにいる?」
「ん?」

 僕の仲間。それってハートのトランプとイカレ帽子屋のことだよね。なんで、ってYは彼らがここに来ることを知らなかったのか。

「ああ、そういえばハートのトランプが、ιって人が僕を連れ戻すことができるとか言ってたよ」
「ナァルホド」

 Yはチッと舌打ちをすると、顔を歪ませた。

「分かった。他に何か言ってたカ?」
「うーん? いや、言ってないと思うよ。……で、ιって何なの?」
「……いつか話す」

 いつかって、今聞きたいんだけど。僕はそう言おうとして、結局飲み込んだ。
 Yは悪いなと言うと、早足でこの場を去る。僕はその後ろ姿をぼんやり眺めながら、ιという人物について考えた──。








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