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『お前、寂しいんだろ! 体だけだなんてそんな悲しいこと言うなよ! 俺が友達になってやるからそんな体目当ての奴らなんかと関わるな!』
『内倉様…好きです』

『内倉様、美味しいお菓子があるので、今度の談話会の時にでも――』
『おい、煕! なんかお菓子ねーか!?』

 ぐるぐる。ぐわんぐわんと鳴り響く誰かの声。これは、こう言ったのは誰だったっけ……?
 闇の中でぽつんと立っている俺は、笑顔だけど――何だか寂しそうだった。そんな俺を真っ白な靄みたいなものが俺を取り囲む。

『仕事しろよ』『仕事? そんなのより遊ぼうぜ』『いや、でも』『内倉様』『あの会計、見直しかけてたのに』『君たち、仕事してないんだってねえ?』

 どんどん距離が縮まっていく。俺は、苦しそうだ。

『リコール、するんだって』

 息が、止まった。

「――っ!」

 ガツンと鈍器か何かで殴られたような衝撃とともに意識が戻った。目を開けた俺の目前に保険医の心配そうな顔がある。
 ……夢、か。

「大丈夫? 魘されていたけど」
「……、うん」

 魘されていた? この俺が?
 息が乱れたまま体を起こすと、ぽとりと何かが落ちた。タオルだ。それをじっと見ていると、保険医が喋り出す。

「君ね、熱が出たんだよ。強く体を打ったのもあるけど、寝不足とストレスが原因だね」
「……ストレス…」
「ちゃんと食事もしてないでしょ?」

 そういえば、最近はゆっくり食事をしていないかも。カズマを独占しようと簡単に食べれる物を頼んだり、カズマに付き合って甘いもので済ませたり。睡眠のことも同様の理由だ。
 だけど、ストレスって何? ストレスなんて、別に感じてないのに。
 ほら、寝て。とんと肩を押され、俺は重力に逆らわずベッドに背を付けた。俺の額にひんやりとしたものが置かれる。新しいタオルなのかもしれない。

「寝ている時に君の親衛隊の子たちが来たんだけどね、凄く心配してたよ。泣いてた子もいたかな。君を起こさないようにそっと帰っていったけどね。このお見舞いも親衛隊の子たちが持ってきたんだ。内倉様が好きなものなんですーって」

 そう言って保険医はバスケットを持った。その中には俺の好きなバームクーヘンが入っている。俺を、心配して……?

「……か、カズマは」
 情けなく震えた俺の声。保険医は不思議そうな顔をする。

「カズマ……ああ、転入生だね? 来ていないよ」

 やっぱり。それは諦めに似た感情だった。がっかりというよりは、呆れたというべきか。
 それにカズマが来たら、きっと俺は起こされていただろうな。騒がしくして、ではなくて無理矢理。

「離れてしまった子もいるかもしれない。でもまだ君のこと信頼して付いてきてくれている子もいるんだよ。その子たちを大切にしないといけないよ」
『甘いねえ。リコールっていうのは、信用をなくしたのと一緒なんだよ? 今はまだ見放されてないけど、リコールされた瞬間、君は誰からも相手にされない可哀想な奴になるってことなんだよ? 誰の視界にも入らない――それって、死んでるのに等しいよね』

 ――ああ、やんなっちゃうな。

「なんだ、君はちゃんと分かっているじゃないか」

 視界がボヤけるのは、泣いてるからじゃない。これは涙なんかじゃない。
 保険医が嬉しそうに、笑った気がした。


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