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「しねよお前」
「なに」
「ちげーよ。誰もてめぇに言ってねぇ」
「なまえ、よんだ」
「紛らわしいんだよ糞が。改名しろ今すぐ」

 慌てて指定された教室に駆け込むとやはり会議の途中だったらしく、しんと静まっていた。そこに大きな音(つまり俺)が入り込んで、部屋中の視線がこっちに向く。いやん俺って人気者。……って、ねえよ。
 綺麗な顔をして毒を吐いている環境委員長らしい人物が隣ののっぽを足蹴りする。どす、と鈍い音がしたが、のっぽは気にした様子もなく窓の外を見ている。おい環境委員長が青筋立てて睨んでるぞ。綺麗な顔が盛大に歪められるそれは異様に怖かった。何か黒いもの渦巻いてね? つーか俺だよな、最初に死ねっていわれたの。え、こうなったの俺の所為か?
 怖い顔から視線を外しのっぽを見る。窓を見ていたのっぽは視線を感じたのかこっちを向いた。

「あー、つか早く入れ。お前の席はそこな、…っておい、目等野!」

 指差された席に向かうと何故かのっぽが俺の席に座っていた(瞬間移動並の速さだ)。おいお前俺を座らせない気か。次いで環境委員長を見ると目を見開いて何かに驚いていた。
 のっぽがじっと俺を見て、口を開いた。

「おれ、ぼくらの、おまえ」

 意味が分からない。

「…そいつの名前、目等野小前って言うんだよ。おい目等野、戻れ」

 俺が怪訝な顔をしているのに気づいた委員長が呆れながら頭を掻いた。

「や」
「やじゃねえよ。おい、いい加減にしやがれ」

 変な名前だな…つか、早く座らせろって!
 はあ、と溜息を吐くと横から腕を引っ張られる。言わずもがなのっぽだ。

「なまえ」
「……あ? 俺の?」
「そ」
「…麻芦綾だ」
「りょう」

 無表情気味だったのっぽが目を細めた。口許も気持ち上がっている気がする。笑っているのだと気がついたのはそいつの腕の中にいたときだ。……って、は? 俺は呆然とする。なにこいつ、なにしてんの?

 「りょう」融けるような甘い声が脳内に響く。いや…りょう、じゃなくてだな、お前何やってんだよのっぽ! 俺は男に抱きつかれる趣味なんかねえ!

 「おい、離れろ」苛ただし気に環境委員長が吐き捨てる。見ると俺をかなり睨んでいる。ぶっちゃけて言おう。怖いです。
 そこで俺はある結論に至る。環境委員長はこののっぽを好きなんではなかろうか。現に今睨まれてるしな、俺。……いやいや待て俺何言ってんだ。こいつら二人男だっての。つか俺睨まれただけだっての。どうしてそう思ったよ、俺!
 渋々といった様子で腕を放したのっぽから直ぐさま離れて椅子に座る。のっぽは俺を一瞥するとしょんぼりしたような顔で環境委員長の横に並んだ。環境委員長は安堵したように笑う。会議は再開された。
 つーか線が痛いぜ。あの一連(主に抱きつかれたこと)のことがあったから視線が俺に突き刺さっている。「おい、テメェら話聞けよ」という環境委員長の言葉に一斉に視線は外された。それにしても不良の多い(というか殆どだ)この高校で何故こんなに出席率が良くて(さっきみたとき幾つかしか空席がなかった)且つ静かなんだろうか。
 まあどうでもいいやと考えを投げ出した俺は配られた掃除割り振りの紙を見ながら頬杖を付く。そういえば環境委員会は一クラスに二人だから、近くにいる筈だと周りを横目で確認した。右横の奴の机においてあるプレートに俺のクラス――C組と名前が書いてあった。名前は何て書いてあるか分かんねえが(読めねえ訳じゃねえんだ。この漢字がムズいだけだ)、取り敢えずこいつがもう一人の環境委員か。顔を見ようと右を向いて――直ぐに逸らした。
 横の奴は顔は整っているように思えたが、一概に美形とは言えなかった。何故ならば今にも死にそうな顔をしているからだ。つーかこんな奴いたか!?
 何かブツブツと呟いている。耳を澄ませてみた。

「あああ死にたい死ぬにはどうしたらいいんだろうあああ死ぬに至って最善且つ最悪の死に方ってなんだろう」

 聞かなければ良かったと後悔したのは言い終わってにやりと笑いったそいつをみた後だった。

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