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 不機嫌に顰められている端正な顔立ちをした男が俺に声を投げかけた。俺は応えない。それが気に入らなかったのか激しい音を立てて机を蹴った男を俺は鬱陶しげに見た。

「おい聞いてんのか、まろ!」
「だから、俺は麻芦だっつうの。…ああ、カスだからそんなことも分かんねえのか」
「あぁ? もっぺん言ってみろ、頭かち割んぞ」
「何度でもいってやるよ、カス男」

 こいつの名前は霞沢峠といった。対して俺の名前は麻芦綾(誤解のないように言っておくが、綾の読み方は"あや"ではなく"りょう"だ)である。この男、激しく俺と馬が合わないようで会う度に絡まれる。つーか普通麻芦をまろとは誰も読まねぇよ。寧ろお前の名前は何だよ、両親はふざけてんのか。死にかけじゃねえか。

「りょー」
「あん? 何だよ、八倒」

 八重歯を輝かせて笑う奴は七転八倒という。ああ、四字熟語じゃないからな、言っておくけど。七転という苗字は確かに珍しいが、八倒は完璧ギャグだろ。ギャグで名前付けられたとか不憫だ。まあ気にしていない様子だからいいけどな。

「環境委員会始まってるけどええんか?」
「……――え、は、はぁ!?」

 関西独特の喋り方で、八倒は柔らかく、人の良さそうな笑顔を浮かべた奴は爆弾発言を零した。慌てて時計を見ると環境委員会開始時刻から三十分は経っていた。ぜってぇこいつのせいだ! 目の前の霞沢を睨む。

 一昨日は蛭子高等学校の入学式だった。天気は大荒れで心はブルー寧ろグレイだよ畜生ってことで、何だか式全体空気が重かった。それは勿論天気の所為だけではない筈だ。まあその理由は簡単に言うとここが男子校だからである。潤いなんて何もない。しかし俺含め俺たちは頭が頗る悪く、ここしか受けることができなかったのだ。名前を書けば入れる高校とは正にこの蛭子高校である。因みに問題は足し算やら引き算やら小学生の問題みたいだったが、面倒で一問も解かなかった覚えがある。
 俺は最強に馬が合わない男の睨む視線に眉を顰めるが、暫時しても外れない視線に我慢できなくて仕方なく口を開く。

「つか、こっち見んな」
「見てねェし」
「いや見てんだろ。キメェ」
「あやちゃんにいわれたくねぇよ」
「あやちゃんとか寒疣たったんですけど……って、だからテメェに構ってる暇ねえんだっての!」

 霞沢ことカス男から視線を外し、俺は急いで教室から出た。

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