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「お前、気に入った」

 偉そうに言った男が、不敵な笑みを浮かべながら、真っ黒なごわごわとした髪の少年に口づける。その瞬間、食堂に悲鳴が上がる。口づけられた少年は男の顔面を力いっぱい殴り、食堂から走り去る。男より先に少年を気に入っていた数名が男に暴言を吐いて少年を追った。

「隊長っ……!」

 俺の隣に座っていた可愛らしい男に見えない男がうるうると瞳を揺らし、俺を見た。俺はぐっと唇を噛み締め、俯く。周りはそんな俺を心配し、少年に対し罵り始めた――。















「やあやあ、良くやってくれたね! 隆俊くん!」
「随分ご機嫌ですね…」
「そりゃあもう。あ、上がっていい?」
「おう…」

 満面の笑みで隆俊の部屋に訪れると、何故だか窶れていた。不思議に思いながら遠慮なく上がらせてもらうと、いつも座るソファに腰を下ろした。

「いやあもう、王道の中の王道って感じの子だわ。すげー萌えたよ。ありがと、隆俊」
「ああ、うん…ほら、茶」
「どーもどーも。……あーでも、隆俊、大丈夫?」
「え?」

 俺にコップを渡して隣に座った隆俊は目を丸くする。俺が今まで見てきた中で一番のイケメンだと胸を張って言えるほどイケメンの隆俊の頬には、殴られた痕。物凄く痛そうだ。俺はそっと頬に手を遣る。

「はっ、春?」

 声を上擦らせて少し顔を赤くする隆俊。会長×王道転入生は萌えるけど、…隆俊が痛い思いをするのは嫌だな。

「痛い?」
「まあ、ちょっと。つーか、こんなの今更だろ?」
「確かに。じゃあいいや」
「エッ」

 隆俊はぴしりと固まった。ずず、とお茶を飲んでいると、固まっていた隆俊が我に返り、俺の肩を勢いよく掴む。その衝撃でお茶が零れそうになり、俺は眉を顰める。

「お前それはねえだろ! 俺が誰のためにあんな小汚い奴にチューしたと思ってんの!?」
「ハッもしかして誰かを嫉妬させるために…」
「違うだろあほ! お前が王道とかいうの好きだから、俺は俺様会長とかやってるしあんな好きでもない奴にキスするし生徒会仲間からの暴言に耐えてんだろーが…あほぉ」

 隆俊は俺の肩に顔を押し付けて、情けない声を出す。肩を掴んでいた手はいつのまにか俺の背中に回っていた。俺はくすりと笑って、隆俊の背に腕を回した。

「ごめんって。隆俊には感謝してる」

 ぴくりと体が反応した。マジで? と疑わしそうな声にマジマジと答えると、隆俊が顔を上げる。

「じゃ、ご褒美のチュー」
「あー…うん、まあ隆俊頑張ったしね。はい」

 なんと隆俊は俺のことが好きだそうで、今付き合っている。俺はぶっちゃけ腐男子だけどノンケだから付き合うのはちょっとと思っていたけど、近くで萌えを見させてやるとかなんとか言われ、何故か親衛隊隊長にまでなっていて。で、俺も付き合っている内に男もイケるってこと分かって、まあ、そんな感じ。隆俊は凄く人気で、俺はどこにでもいる奴だから、付き合っていることは公表していない。公表したら俺死ぬ。確実に葬られる。
 目を閉じてキスを待つが、一向にしてこない。不審に思って目を開けると、不満そうな顔でこっちを見ていた。

「え、何」
「お前から」
「ええ?」

 何で、と呟く。別に俺からするのが嫌とかじゃないけど、今まで受け身だったし自分からするの恥ずかしいし…。むっと顔を顰めたら、隆俊も同じような顔をした。

「お前からしてもらったことない」
「別にいいじゃん…」
「俺頑張ったのに」

 お前のために。そう言われて、うっと言葉を詰まらせた。俺は意味もなく周りを確認して、隆俊の怪我していない方の頬に手を添える。緊張しているのか、顔を強張らせる隆俊。俺まで緊張してきて、ドキドキと心臓が煩い。

「目、閉じれよ」
「おう」

 隆俊が目を閉じたのを確認し、俺はえいと思い切って顔を近づけた。唇が触れあって、すぐに顔を放す。ぎゅっと瞑っていた目を開けると、呆けた顔があった。そして一瞬で顔が真っ赤になる。顔が熱い。俺もきっと真っ赤なんだろうなと思った。しかし慣れてない俺はともかく、鳴れているお前がどうしてそんなに初心な反応するんだ。しかもぎゅっと力強く抱き締められて割と痛い。

「……も、もう一回!」
「は!? 無理無理無理!」
「ええー…」

 がっかりした顔の隆俊は、気を取り直したようにそういえばと発した。

「転入生どうする? まだ絡んだ方がいいのか?」
「あー…」

 俺は天井を見上げる。再び隆俊に視線を向け、首を振る。

「いい」
「え? いいのか」

 俺の返答が意外だったようで、隆俊は目を丸くする。俺は頬を掻きながら、小さな声でだって、と口にした。

「……あのキス、」
「うん」
「ちょっと、……嫌だった」
「えっ!」

 隆俊の切れ長の目がこれでもかというくらい見開いて、その目がどんどん輝いて行く。そしてぎゅっと再び力強く抱き締められて、げふっと変な声が出た。

「春好きだ! 結婚しよう!」
「……はいはい」

 日本じゃ結婚できないけどな。俺はそんなことを思いながら、笑みを浮かべた。












fin.

以下登場人物紹介

春(はる)

平凡で腐男子な会長親衛隊隊長。高等部から王道学園。
隆俊と付き合っている。隠しているが実は周知の事実。

隆俊(たかとし)

春にべた惚れな生徒会長。初等部から王道学園。
春の一つ上。春に出会ってから俺様会長を演じるが周りは元々の性格を知っているので意味がない。周りは生暖かい目で二人を見守っている。
ヘタレ。

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