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「りょー、帰ろうや」
「おう」

 肩を回してくる八倒をそのままに教室を出ようとした。しかしそれはショルダーバッグを掴まれた所為でできなかった。引っ張られて体は自然と前屈みになり、八倒も俺と同様になった。振り向いて俺は舌打ちした。

「何すんだよカス男」
「なっ、何でもねえよ!」
「じゃあ放せ」
「い、言われなくても放してやる!」

 なにこいつ気持ち悪い。放すと言っているのに依然として手は俺のショルダーバッグにある。むじゅ……何だっけ、取り敢えず自分が可笑しいこと言ってんのに気づいてねえのか。……馬鹿だからな。
 解放されたバッグをからい直すと、何か言いたげな視線とぶつかる。

「何だよ」
「何もねえよ」
「……あ、そう」
「何で納得すんだよ!」
「いや意味分かんねえよ」

 お前何がしてえんだよ! 顔を顰めて訝しく見ると、自分でもよくわからないのか目を泳がせていた。横で舌打ちする音がする。おいおい八倒さん、顔が怖いですよ。

「だから何やねん、お前さんは。俺らは今から帰るんや。用ないなら早よその汚い手を放さんか」
「…何だと?」
「聞こえへんかったか? 早よ汚い手をりょーから放せ言うてるんや」

 カス男の顔が怒りに染まる。どうやら八倒もこの男と合わないようだ。それに少し安堵する自分がいた。
 まだ何かを言いたげだったカス男は結局言うのを止めたようで、ショルダーバッグから手を放した。

 「じゃーな」何となくそう言ってみると、奴は目を丸くして俺を見た。一泊おいて一瞬顔を弛ませた奴ははっと顔を引き締めてぶっきらぼうに言い捨てた。

「……おぅ」

 少し満足した俺は次は確かに教室を出た。













 翌日、日直の為に早めに学校に行くと(俺はこういうのサボれねえ質なんだよ)、誰もいないと踏んでいた俺は知らない奴がいることに驚き、しかもそいつが俺の席に座って寝ていた。思わず席を数えて確認するくらいには動揺した。いや、つかなんでこいつ俺の席に座って、しかも寝てんだよ。てかお前誰だよ。俺はげんなりとしながらそいつの肩を揺する。小さく身じろぎしてからゆるゆると目を開けた。半分しか開いていない顔でも、そいつの顔は異様に整っていた。

「おい、そこ俺の席」
「……は?」
「は? じゃねえよ、そこ俺の席だっつってんだろ」
「んなわけあるかよ……ん?」

 そいつは机の中の教科書を見て目を丸くした。次の瞬間にはもとの眠そうな目になる。

「ここ何組だ」
「C組だけど」
「……間違えた。……ん?」
「今度は何だよ」
「ポチか? ポチなのか?」
「んなわけねえだろ、犬かよ――どわっ!?」

 こいつは俺を視界に入れると目を見開いて凝視する。そしてポチとか明らかに犬っぽい名前を呟いて(話聞けよ)ガタッと音を鳴らして立ち上がり、あろうことか抱きついてきた。この学校の奴一体どれくらい抱き癖があるんだよ!

「はっ、離せよ!」
「ポチお前どこ行ってたんだよ」
「いや話聞けって!」
「ポチ、背伸びたな」

 完全なる無視。こいつ腹立つんだけど! 漸く離して貰い、かなり美形な奴を睨み上げると、そいつは眉をハの字にさせた。……え、何だよその顔。俺が悪いみたいじゃねえか。

「覚えてないのか?」
「だから俺はポチじゃな――」
「やすらぎ公園」
「あ?」
「お前は俺と友達になってくれたろ、綾」

 やすらぎ公園。昔、よく行っていた場所だ。こいつは俺を知っているらしい。ポチ、やすらぎ公園、餓鬼の頃――そういえば、泣き虫で虐められていた奴がいた気がする。そいつの名前は……。

「お前、まさか…可愛出所か?」
 かわいいでしょ、というかなり変わった名の持ち主だった。

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