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 あれから十分もしない内に環境委員長は解散を告げ、出て行った(のっぽも環境委員長に引き摺られてそのまま出て行った)。俺は帰ろうと立ち上がろうとしたが、それは叶わなかった。誰かが腕を掴んでいる。俺は内心冷や汗を流した。掴まれたのは右手で、そこにいるのはさっきの不気味な奴だったから。
 おおお俺をどうするんだ。

「あんさ、俺爽馬宇都猫っつーんだけど、お前名前は?」
「……は?」
「いや、は? じゃなくて、お前の名前」
「……あ、麻芦綾だ」
「ふーん、麻芦って見た目とギャップあるな。あ、これがギャップ萌えってやつかー」

 も、もえ…? え、つかお前もギャップあるんだけど激しく。どういうことだ。さっきまでの死にそうな顔は名残もなく消えていて、爽やかな好青年(しかも美形)の如く笑っているそいつ。

「じゃあなー」

 手を降って教室を出て行く爽馬。教室にはもう俺しかいなかった。














「爽馬?」
「……ああ」
「あー、噂やねんけど躁鬱病らしいで」
「…まじかよ」

 俺は頬杖を付いて爽馬を見た。今は躁状態らしく、満面の笑みを浮かべながら談笑している。

「けど急にどうしたんや」
「別に」
「つれないわー」

 俺の肩に手を回してにやにやと笑うそいつに呆れの溜息を吐く。

「おっ、おいテメェら何やってんだよ、キメェな」

 またウザい奴が来たとげんなりしているとその顔が気に入らなかったのか(気に入ってほしくないから別にいいが)、盛大に歪められる端正な顔。

「何やねん霞沢。俺は今りょーとランデブーなんや」
「…らんでぶー?」

 なんだそれ。カス男も疑問に思ったのか首を少し傾げている。

「逢引のことや。ま、つまりー俺とりょーは仲良しっちゅーことや」
「……ふん」

 確かにこいつとは餓鬼の頃からの腐れ縁であり悪友、そして親友でもある。しかしそれを肯定するのはこっ恥ずかしいから絶対言わねえけど。視線を逸らして鼻を鳴らすと八倒は俺を腕の中に抱き込め、甘ったるい声で騒ぎ出す。「全く、りょーはツンデレやねんから! かわええなあもー」

 こいつは人肌恋しいらしく、春夏秋冬――一年中抱きつく癖がある。初対面ののっぽに抱きつかれたときは男に抱きつかれる趣味はないっつったけど、こいつは別だ。……こんなんでも親友だし。あとは慣れだ。後者が圧倒的に占めてるけどな。

「うぜぇんだよ! 早く離れろ!」
「嫌ならあっち行くなりなんなりせえや。俺かてお前うざいねん」
 珍しく辛辣な八倒に驚きながら、その言葉に頷く。確かにお前のがうぜぇ。何だって俺に絡むんだよ。
 言葉に詰まったカス男は大きく舌打ちすると大股で教室を出て行った。クラスの連中は何故か同情と慈悲深い目を向けていた。訳が分からなかったが、目の前の親友が甚く満足げにしているからまあいいや。










「おい白目」
「いやおれ百目鬼だって」

 昼を大分過ぎて教室に現れたそいつはクラスの奴に話しかけられた。疲れたように訂正する百目鬼は白目と呼ばれている。しかしあれは自業自得だ。自分の名前を寝ぼけていたか何かは知らないが、確かに白目雅也と書いたのだ。まあ確かに似てるけど、百目鬼とか格好いいのに白目ってのはなぁ。
 日に日に訂正する声が沈んでいき、もう諦めているように思えた。重々しく溜息を吐いた百目鬼は話しかけた奴の何か言いたげな表情に気づかず横をフラフラと通り過ぎ、席に座った。
 性格、容姿、才能共々普通の奴だが俺は結構気に入っていたりする。なんつーの、親近感わくよな。俺の周り美形ばっかだし。俺は不細工ではないと思うが、秀でて美形な訳じゃないからな。そういやカス男も美形の部類だったか。糞、腹立つ。そんなことを思いながら百目鬼の席の前へと移動する。
 つーことで、俺が何を言いたいかというと。

「百目鬼」
「えっ! あ、なに!?」
「お前寝間着のままだぞ」
「……うわああああああ!」

 輝いた顔から一転して青くなるこいつはかなりの阿呆だということだ(因みにさっき話しかけた奴もそれを言おうとしていた)。

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