本生泰


(side:将揮)








 杷木と了の会話に唖然とした。――杷木千尋ではなく、本生泰…? どういうことだ、それは。信じがたい話だが、杷木が嘘を吐いているように思えなかった。それは了も同じだったらしい。――それに、確かに納得できる部分もあるのだ。以前の杷木とあまりにも違いすぎる。二重人格かと思っていたが、それなら本生泰という人物について知っているわけがないだろう。他人事のように杷木千尋と言っていたというのも分かる。
 ……それにしても。本生泰。どこかで聞いた名だ。どこで聞いたかは思い出せない。屋上のドアに背を預け、顎に手を当てて考えていると、視界に誰かの靴が目に入る。顔を上げると、守山が立っている。

「……杷木がいると聞いたんだが」
「ああ、中にいる。……」

 中から聞こえた会話を、――杷木の正体を言おうとして躊躇する。簡単に言っていいものだろうか? いやそもそも信じないかもしれないが、相当悩んだことだろう。
 迷って、結局口を開いた。

「杷木が言うには……あいつは、杷木千尋じゃないらしい」
「……、は?」

 何を言ってるんだといわんばかりの顔で俺を見る。俺は肩を竦めた。

「なに意味分からんこと言ってんだ」
「俺だって意味分かんねえし信じられねえよ」

 でもな、と言葉を続ける。

「守山、お前も言ってただろ。まるで別人だったってよ」
「っ、それは、確かにそうだが」

 語尾が尻窄みになる。守山は、続きを促すように俺を見た。頷いて、杷木が言ったことを思い出しながら伝える。

「あいつの名前は本生泰。歳は十八なんだと」
「本生泰…十八!?」

 益々意味が分からなくなったらしい守山。

「落ち着けよ」
「逆に何でお前はそんなに落ち着いてんだ!」
「……別人だとは思ってなかったが、二重人格の可能性は考えてたからな」
「二重人格…」

 守山はそれだけ呟いて黙る。俺も本生泰という名前を何度か呟いた。しかしやはり思い出せない。靄がかかったみたいで、苛立ちが増す。仕方ない、また家の力で――……あ?

「…おい、どうした?」

 目を見開いて固まった俺を怪訝な顔で見る。答える余裕などない。
 本生泰、あの名前は聞いたんじゃない。見たんだ。それも、見たのはつい最近だ。しかし、それはおかしい。

「本生泰…」

 杷木千尋の従兄弟で、数年前事故に遭った男――そいつはその時に他界しているのだから。
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