涙と抱擁

「それで、杷木くんを尾けていた子達は?」
「風紀室に連れて行ってある。まだ杷木が何かをされたわけじゃないから注意だけだ」
「そうだね、"まだ"何もされてないからね」

 まだ、の部分を強調して俺に笑いかける小笠原さん。小さく舌打ちをして顔を背けた。

「――ああ、そろそろ来る頃だな」

 風紀委員長が腕時計を見て呟いた。俺は何がだと訝しげに見るが、小笠原さんは頷いている。……何だ、誰が来るって言うんだよ? 嫌な予感がして風紀委員長を見上げるが、こっちの視線に気づいていない。

「よし、じゃあそろそろ僕たちは行くから」
「くれぐれも問題を起こさないようにな」
「ちょ…」

 ちょっと待てよ。え、これから誰かが来るんじゃないのか!? 何で立ち去って――……。まさか、と顔を青褪める。俺の知り合いの誰かだったりしたら……。早く俺もここを去ろうと屋上のドアに近づく。ドアノブに手を伸ばしたところで、重々しいドアの音が響いた。びくりと体が震える。

「千尋!」

 俺を見て驚いたように目を見開いたが、直ぐに安心したように笑みが浮かぶ。俺は気まずくて顔を逸らした。

「ここにいるって本当だったんだ…。あ、あのさ、会長からちょっとだけ聞いたんだけど…」

 了がこちらの様子を窺っているのを感じた。…しかし、俺はそれを全て無視して了の横を通り過ぎようとする。

「ちょ、ちょっと! ねえ、どうしたの? 何があったの、千尋!」
「……っ」
「ねえ、千尋…」

 千尋、千尋千尋千尋って……! 俺は杷木千尋じゃない! 思わず言いそうになってぐっと唇を噛む。ぎっと睨むと、了はあからさまに狼狽えた。

「俺のことは放っておいてくれない?」
「な、何で――…どうしていきなり…」
「…煩い」
「千尋らしくないよ」
「煩い! お前が俺の何を知っているって言うんだよ!」

 酷く傷ついた顔をする了に、流石にもう付き纏ってこないこないだろう思って再び横を通り過ぎる。……いや、通り過ぎようとした。

「お、れが…俺が、知らないって言うなら教えてよ! 千尋のこと、色々と…っ」

 体が何かに包まれる。俺より少しガタイのいい了の体だった。ぽたぽたと何かが顔に降ってきて、目を少し細めてそれを見る。了は、どうして泣いているんだ…?
「好き…俺、千尋が好きなんだ」

 苦しげな声で言われ、胸が苦しくなる。気がつけば俺の目からも涙が垂れていた。
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