チェシャ猫が笑う

(side:泰)




 ガチャン、と大きな音を立てて屋上の扉を閉める。俺は奥の日陰のある所まで行くと、壁に寄りかかってそのままずるずると座り込む。

「っ、くそ……っ!」

 ぐしゃりと髪を掴み、膝に顔を埋める。勢いで飛び出して来たのはいいが、先のことを全然考えていなかった。

「本生泰に戻りたい…」

 俺は、何でこんな姿になってしまったんだ…? そういえば、杷木千尋の意識は……? まさか、消えたなんてこと、ないよな。
 考えれば考えるほどずきずきとした痛みが俺を襲い、堪らなくなって目を瞑った。

「くそ……」

 零れ出たその言葉は風の音で消えてしまう。ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜると、すぐ近くから聞き覚えのある声が聞こえた。

「やあ、体調が悪そうだね」
「――っ!?」

 ばっと顔を上げると、太陽を背に、きらきらと輝く金髪を靡かせた美しい男――小笠原さんが微笑んでいた。俺は顔を顰めて上目遣いに彼を睨む。しかし、にんまりとした笑みを崩すことはなかった。

「別に、悪くない」

 その言葉にどっかに行け、という意味を含ませた。
 素っ気無く告げて反応を窺うと、そっかとだけ言い、俺の前に腰を下ろす。待て、何でそこに座ってんだよ。俺が拒絶してんの分かってないのか。……そっか、こいつ、確か話が通じなかったんだ。げんなりとしながら溜息を吐き、視線を逸らす。

「さて、キミは一体何から逃げているのかな」
「は……?」
「皆キミを探してるよ。まあ、僕がまだ連絡してないからここには来ないと思うけど、連絡すればすぐに来るだろうね」

 皆? 皆って誰だよ。俺が上辺で仲良くしていた奴らか? ハッと鼻で笑ったが、小笠原さんの言葉に違和感を覚える。
 そういえば汗一つないし、髪も乱れていない。まるで俺がここにいると分かっていたみないな口ぶりだ。

「なんでアンタはここに……っていうか、前会った時と性格が…」
「ここ」

 にこりと笑うと、トントンとブレザーの胸ポケットを指で叩く。俺は首を傾げながら自分の胸ポケットを見た。思わず小さく声を上げてポケットに指を突っ込んだ。すると、小さな――本当に小さな機械のような物が入っていた。い、いつのまに……? っていうか、何だよこれ。
「それ、GPS発信機ね。悪いけど、キミのこと監視させてもらってたよ」
「監視…? 俺、を?」

 目を見開くと、小笠原さんは笑みを深くして俺を見た。
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