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「テメェ、あいつに何かしたのか」

 声を凄めて睨むが、全く怯えた様子を見せずに――いや、それどころじゃないのかもしれない――守山は首を振った。

「俺は…何もしていない。コーヒーを淹れる為に離れた数分前までは普通に会話をしていたんだ」

 嘘を言っているようには見えない。守山が傍を離れた数分に一体何があったんだ…? もしかして、記憶が戻った……のか? それなら納得がいく。しかし、思い出したとしても、それには何かきっかけがある筈だ。じっと床を見つめて暫く考えを巡らせたが、考えても仕方ないと思い守山に視線を戻す。

「で、それからどういう様子だったんだよ」
「…首を絞めてる理由を訊いたらな、凄ぇ冷たい表情で俺を見て関係ないっつってた」
「それでテメェは黙ったのか?」
「いや、反論しようと思ったさ。だが、アンタは杷木千尋を虐めてた癖に良く言うよなって……」

 まるで別人だった。守山はそう漏らす。
 守山の苦しそうな顔に俺たちは黙る。人のことは言えなかった。もし杷木を見つけて声を掛けても、そう言われて突き放されるのだろうか?
 しかし、「杷木千尋」とは――、どうして自分のことをそんなに他人行儀に呼んだのだろうか? 記憶を失っているとはいえ、まるで自分が杷木千尋でないような言い方だ。俺はハッと一つの仮説に辿り着く。二重人格、という可能性はないか? 杷木千尋が耐えられなくなって新しいあいつが生まれた。充分有り得る。そうだとしても、あいつが本当に杷木千尋が虐められているのを知らなかったのかが怪しい。俺たちがしたことを知っているのに知らない振りをして接してきたとなると……復讐? 嫌な想像に俺は顔を歪めた。まだその仮説が本当だという根拠は存在しない。一先ず、それは後回しだ。先に杷木を見つけなければならない。顔が整っていると知られてからまだ親衛隊に何もされていないが、今後もそうだとは限らない。杷木に恨みを持っている奴に近づかれたら――そう考えてさっと顔を青くする。
 俺は、もう間違えた選択をしたくない。

「ここで話している場合じゃねえ。俺たちも探すぞ。守山、クラスに杷木と仲良い奴はいるか」
「あ、ああ…」
「じゃあそいつらに連絡とって寮内を探せ。御手洗は今連絡を待ってる奴と旧校舎、俺は校舎内を探す」
「はあ? アンタ一人でか?」
「いや、……了と風紀に連絡する」

 杷木の件は俺たちがバレないように暴行を働いていたから、先日までは知らなかったが、鳳は実力がある。まあ知ったのは俺と了が自供したからなんだが。因みに罰として反省文三十枚だ。ふざけているのかと怒鳴りたかったが、相応の、いやそれ以上のことをしたと思っているから、取り敢えず書き終わらせて提出はした。
 元々鳳とは底辺に近いほどの仲だったが、更に溝が深くなったように思える。そんな相手に頭を下げるのはプライドがどうのこうのなんて言ってられない状況だ。
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