ラーメンが食べたくなりました


「どういうことだ、こりゃあ!」
「えーっと、カレンダーに何か?」
「采架ちゃんっつったか? 今の年号は文久だよな!?」
「はあ、今は平成ですけれども」

 もしかしてこの人永倉新八の霊にでも乗っ取られているんではなかろうか。非科学的だ、却下。

「へいせい!? つまり何か、俺は百五十年くらい未来にいるっつーのか!? 有り得るかんなもん! 夢だ、夢に違いねえ!」

 逆ギレし出した自称(略)は立ち上がって刀をぐっと握った。駄目だこいつ早く何とかしないと。私は仕方なく携帯を開き、アドレス帳を開いて目的の人物に発信する。

『はーいよー! 何だね、君から電話してくれるなんて珍しいねえ。嬉しいじゃないか!』
「切るぞ」
「わあ、ごめんよ! それで何かな? 俺に何か用なんだろう」

 素早くふざけた声を引き締めた久和。これだからこいつの隣は心地いい。ウザイけど。ウザいけど。

「あのさあ、永倉新八って知ってるよね」
『ああ、勿論だとも。それがどうかしたかい』
「いやあ斯く斯く然々で…」
『何だって!? 君の目の前に永倉新八が!?』
「分かるのかよ!?」

 すげえなお前!

「ああ、まあそれでさ、どうしたらいいかな?」
『そうだなあ、じゃあ質問をしてみてくれよ。本人かは分からないからね』

 その質問は屯所で今預かっている少女の名前、そして羅刹について問えとのことだった。これは幹部しか知り得ないことで、しかも実在していた永倉新八も知らないことだそうだ。……どういうことなの。
 不機嫌に問えば、パラレルワールドみたいなものだと小さく彼は笑った。まあつまり、平行世界の永倉新八にしか知り得ないことを聞き出せというものだ。

「ちょっと質問してもいいですか」
「おあっ!? お、おう」

 通話状態の携帯片手に振り返って声を掛けると、じ(略)は不自然に肩を震わせた。座り直した彼はで、なんだと目で語る。

「今屯所で預かっている少女がいるそうですね。名前は何ですか。あと、羅刹について…」
「――なっ!? っ、でぇ!」

 勢いよく立ち上がったじ(略)はどうやら机に膝をしたようだ。痛そうだ、しかし自業自得だよね。

「どうやって千鶴ちゃんと羅刹のことを知った!?」
「あー、えーと。友人がっ、ぎゃああああ!」

 いつの間にか抜刀していたじ(略)は大きく刀を振りかぶった。それを間一髪で避けたのは流石私ってところだが、危ねえええ。そして折り畳み式テーブルは死にました。成仏してくれよ、ラーメン! うん、ラーメンでは…ないよね。

「すっ、すまねえ」

 刀を鞘に戻すと、条件反射で、と頭に手をやってテへッと笑っている(テヘッは幻覚だけど)じ(略)に殺意を覚えた。条件反射で殺されてたまるか…!
 溜息を吐くと未だ不審な目をしている彼に対して言葉を紡いだ。

「友人はアナタのことを知ってるみたいです。だからアナタが本当に永倉新八であるか確認させてもらってるんですよ」
「……千鶴ちゃんは秘密を、知っちまって、最初は殺そうとしたんだ。だが、千鶴ちゃんの父親が俺たちも探してる奴でな、屯所で預かることになったんだ。その秘密ってのが、さっき采架ちゃんが言った羅刹なんだ。詳しくは言えねえが、これでいいか?」
「えっと、聞いた? 久和」
『ああ、聞いたとも! その人は永倉新八で間違いないさ』

 それに感謝の言葉を返し、携帯を畳んだ。どうやら自称永倉新八ではなく、本物の永倉新八だったらしい。久和の言葉はいつも真実だから、私は漸く目の前の人物を認識した。
 永倉新八は少し強張った顔でこちらを見ている。私も知らず知らずの内に顔が強張っていたらしい。真っ二つになったテーブルの上にある鏡にはいつもより表情がない自分がいた。力を抜いて、口許を上げた。

「改めまして、永倉采架と申します」
「……っ、な、永倉新八だ」

 意外と照れ屋なのだろうか。頬を赤く染めてパチパチと瞬きをしている。

「永倉、では紛らわしいですし下の名前で呼んでも宜しいでしょうか?」
「ああ、勿論だ! あと、その堅苦しい敬語もなくていいぜ」

 そう言って笑った新八さんはこの時代では間違いなく好青年で美形の部類に入っていることに気がついた。

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