怒号と変化*


(side:永倉)

「オイ、新八。土方さんが呼んでたぞ」
「ああ? 土方さんが?」
「おー、見た感じ怒ってるようだったが、お前何かやったのか?」
「んん? ……あ」
「まあ頑張れな」

 心当たりが有りすぎることに声を漏らせば、左之は薄情にも俺の肩に手を置いてにやりと笑った。くそ、と顔を歪めたが、それを気にしない様子で俺の横を通り過ぎていった。……ああ、行きたくねえな。俺は深い溜息を吐いて頭をがしがしと掻くと、どこからか話し声と人の声がした。気配を辿ってみれば、平助と総司、そして――千鶴ちゃんがいた。何やってんだあいつら、と楽しそうな奴らを横目に俺は再び溜息を吐くと土方さんの部屋に向かって歩き出した。
 千鶴ちゃん――雪村千鶴ちゃんは父親の綱道さんを探しに江戸から京へ来た、表向きは土方さんの小姓だ。幕府の"実験体"、羅刹の"失敗作"を見られ、最初は処分の方向で話は進んだが、俺たちも偶然綱道さんを探していたから目的は同じ。綱道さんの娘を殺すわけにもいかないし、千鶴ちゃんは蘭学も齧っているそうだったから、ここ――新選組の屯所で預かりになった。まあ女がいちゃいけない関係で千鶴ちゃんには男装してもらってるけどな。でも、あれから随分経ったもんだ。池田屋の時は役に立ったしな。
 千鶴ちゃんのことを考えながら歩いていたらいつの間にか土方さんの部屋の前だった。ああ、開けたくねえなあと思いながら声をかける。

「永倉っす」
「入れ」

 間髪を容れずに返事が返ってきて、静かに襖を開けると仏頂面で机に向かっている土方さんがいた。手には筆が握られていて、仕事中なのだと分かった。

「お前、稽古を抜け出して島原に行ったそうだな」

 げえええ、ばれてやんの。
 何のことやらと笑って取り繕ってみると、土方さんの蟀谷に青筋が浮き上がった。それに真っ青になったのは俺だ。土方さんの整った口から怒号が出たのはそのすぐ後だった。







 土方さんの説教が終わって部屋を出た。心なしか正気を吸い取られた気がする。いいじゃねえか、島原くらい……。くそ、左之や平助も道連れにするんだったぜ。がしがしと頭を掻きながら部屋へ戻っていると、少し先の廊下に赤い物が落ちているのが見えた。顔を顰めてそれに近づき、屈んで手に取った。四角い形で、表面に白い点が六つ打ってある。しかもそれが四つも落ちていた。
 俺は訝しく観察していると、ぐらりと視界が歪んだ。驚く暇もなく、意識は闇へと落ちた。


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