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「ふーん、この押入がねえ」
「ああ、間違いなくここに入って消えた!」
「何の変哲もないただの押入だけどな」

 どうやら二人とも全然俺の話を信じていないらしい。かく言う俺もその立場だったら絶対信じないけどさ。

「じゃあ平助、入ってよ」
「え、俺!?」

「だって平助が言い出したんだし」総司は嫌味に笑うと、押入を開けた。ほら早くと急かすように見てくる。俺は少しの不安を胸に重々しく頷いた。こうなったらやってやる。呆れたような左之さんと嫌らしい笑顔を浮かべる総司を遮断するように押入に入り込んだ――…。




「……うわっ!?」

 ふっと音も光も何もなくなった時、何か凄い力に背中を押され勢い余って倒れた。ごん、と鈍い音がする。「いってえー!」頭(正しくは額)を強打したらしい。押したのは総司か。総司を恨めしく思いながら顔を上げると、俺は目を見開いて辺りを見回す。どこだここ。畳じゃない。ていうかそもそも新選組の屯所内じゃないし、周りには知らないものばかり。

「ど、どこだよここ…!」

 総司も左之さんもいない。顔から血が引いていくのが分かった。俺が額を強打したのはどうやらこの台らしい。その台の上には鏡らしき物と、変なものだった。

「なんだこれ」呟きながら恐る恐る手に取ってみる。硬い。そして冷たい。刀みたいだ……――! そういえば刀。俺は再び青くなる。腰に手をやってもいつもそこにあるものはなかった。押入に入るときには邪魔だと。外したのは自分だった。どこにいるのかも分からない今、刀がないのは非常にヤバい。しかし辺りを見ても見つかるはずもなく。俺は深い深い溜息を吐いた。どうしよう。どうしたらいいんだ。
 そのとき、手の中にあった"何か"が震えた。そしてそれは音を発している。よく聴けば音を背に誰かが歌っている。俺は恐ろしくなってそれを投げた。ガツンと音が鳴る。未だに震えたままのそれ。害はないようで、俺はまた恐る恐る手を伸ばした。弄っていると震えも音も消えた。訳が分からないと首を捻りながら弄ることに集中すると二つに割れた。「げっ!」もしかして壊れたのではないだろうか。上には人物が描かれた絵みたいなのが表情されていて、下にはまた訳の分からないものが沢山だった。

「っうわ!?」

 また震えた。驚いて手の中の物を強く握った。途端になくなる振動。もう疑問で一杯だった。しかし考える暇も俺にはないようで。
「ああ、采架くんかい! 酷いじゃないか、僕を無理するなんて。ん、聞いているかい?」
「ぎゃあああ!? だっ、誰だ!」













(side:沖田)

「ねえ左之さん」
「…ああ」

「平助、本当にいなくなっちゃったね」僕は肩を竦めながら平助の置いていった刀を持ち上げる。左之さんは何ともいえない表情でもぬけの殻の押入を見ていた。
 確かに僕は、否僕らは信じていなかった。だから試したんだ。何も起こらなかったら自分が寝ぼけてたとか気づくかもしれないしね。だけど、どういうことなんだろう。それは起こってしまった。流石の僕でも驚いたし、何が起こったのか理解するまで時間もかかった。

「平助はどこにいっちまったんだ。新八も」
「うーん、僕らも入ってみる?」

 左之さんは驚いたようにこっちを見た。「本気か?」「勿論だよ」純粋にここに入ったら何が起きるのか興味があった。新八さんが慣れた様子で入って行ったということは、少なからず死ぬことはない。そして戻ってこれる可能性は充分にあるということだ。

「まあ、僕だけでもいいけど」

 口角を上げると左之さんは溜息を吐いて、一度押入を見てから僕を見た。「いや、俺も行く」言うと思ったその言葉に内心笑いを噛み殺すと、じゃあ、と口を開く。

「お先に」

 腰に下げた刀を一度外し、そしてそれを脇に抱えると押入に手をかけた。

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