逞しいモンジャになれよ


「俺は確かに新選組が好きなんだけど、長州藩とかも好きなんだよね。でもそれってさあ、どっちも好きな人には辛いんだ。新選組の小説とか漫画とかゲームでは才谷梅太郎とか簡単に死ぬ。高杉晋作とか桂小五郎とか久坂玄瑞とか攘夷浪士も。でも、そっちがメインの作品になると途端に新選組は悪者扱い。ああ、ああ。嫌になっちゃうなあ。なあ、君はそう思わないかい? ああ、君は歴史に興味がないのだっけね。本当に残念だよ、この気持ちを分かってくれないことが。え? 才谷梅太郎って誰かって? やだなあ、坂本龍馬だよ。因みにね、桂小五郎は木戸孝允だよ。授業で習っただろう? んん? もしかして、分からないのかい」

 後ろを振り向くと、呆れたように久和は肩を竦めた。悪かったね、全然知らなくて。でも流石に坂本龍馬は知ってるよ(才谷何とかってのは知らなかったけど)。ていうか、誤解を招くから言わせて貰うけど、私一言も喋ってないからね。久和がペラペラと饒舌に話してるだけだ。因みに久和の今のブームは歴史らしい。確か先週は美少女戦隊アニメだった。正直に言おう、気持ち悪かった。

「つまりどういうことかと言うとね、」

 体を素早く反転させて久和はおっと、と言って口を押さえた。その“態とらしい”仕草に私は溜息を吐く。あとは自分で考えろ、のポーズだ。いや、これに関して私は考える必要ないから別にどうでもいいんだけど、腹立つなこいつ。
 サボリ魔はフフフと不気味且つ気持ち悪い笑みを浮かべるとフェンスを難なく飛び越え、私の目の前に立った。実はこの男(言っておくが、こいつのこの喋り方はただの趣味だし、悪戯心から成るものだ)、屋上のフェンス―しかも安全を考慮されているから結構高い―の向こう側にいたのである。それだけじゃない。先端に立って、ゆらゆらと体を揺らしていたのだ。一歩間違えたら死ぬっていうこと。いや、今に始まったことじゃないから彼の突拍子のないことには慣れたけどさ。

「さてさて、僕は帰るとするよ。君はまだ残るかい」
「いや、帰る」
「ああ、俺がいないと詰まんないっていう感じなのだね。全く、可愛いなあ君は」
「じゃあね、久和。二度と私の前に姿を現さないでね」
「うむ、これぞまさに今流行りのツンデレか」

 意味の分からないことを言っている久和に背を向けると入り口まで早足で向かう。当然のように着いてくる奴は無視の方向で。








 家に帰り着くと、無意識ただいまと零した。返事はない。それにはとんでもなく(道端に浅蜊の殻が落ちていたということくらい)下らない理由がある。そう、何の冗談なのか親は(某海賊漫画の主人公の如く)石油王になると言い出して、只今サウジアラビアに行っている。いや無理だろと言う前に両親が家を飛び出したのはもう一ヶ月も前になる。あれから連絡はないけどきっと大丈夫だ。拾ってきた犬にタマと名付けたり(その犬は可哀想なので逃がした)私の名前にモンジャと付けようとした(あの頃甚くモンジャ焼きにハマっていたらしい。ふざけるなと言いたい)あの夫婦なら大丈夫。ある意味危ないけど。ていうか石油王って成れるわけない上にそれは一人娘より大事なことなのか。いや、今のこの状況がそれを示唆してるんだけどね…。

 阿呆らしいと溜息を吐いて部屋に足を踏み入れるとこつん、と足先に何かが当たった。下を向くと赤い地に白い点が書かれた骰子が四つ転がっている。え、何で骰子があるの。骰子を使うことなんて一年に数回しかないのに。ていうかそもそもこんなに持ってない筈だ。可笑しいなあと首を捻ってじっと見ていると。あることに気づいた。
 ――出目は六が四つ。それを確認したときにぐらりと地面が揺れる。私は地震だ、とどこか冷静に考えていた。
 因みに両親が最後に残していった言葉。

「逞しいモンジャになれよ」

 アンタらはどんだけ人をモンジャにしたいんだ。つかどうでもいいわ!

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