※バレ有

あの濃紺の海に溺れてみたいと思ったのはいつだったろう。あの空色の海に還りたかったのはいつの話だろう。

足下の砂を手で掬うと、それはさらさらと風に乗りやがて見えなくなった。波の音に紛れて己の名を呼ぶ声がする。幾度も波が押し寄せる。
ああ僕は波に飲まれてみたい。どんな波でもいい。小さなそれに足元を掬われても、大きなそれに一瞬で覆われてもいい。何でもいいから、僕を浚ってよ。

声が聞こえた方に体を向ける。数歩離れたところに天馬が立っていた。僕を見て目を見開いている。

「…天馬。どうしたの?」
「!あ、えと、シュウに話したい事があって捜してたんだけど、こんな所に居たんだね。」
「まあね。で、話したい事ってなに?」
「ううん、もういいんだ。」

天馬は首を振り先程の僕のように、陽が沈みそうな海をじっと見つめた。僕はもう海を見ずに夕陽に照らされた天馬の横顔を見つめる。不意に天馬が口を開いた。

「…さっきシュウを見つけた時ね、シュウが消えちゃうかと思った。」
その言葉に小さく鼓動が跳ねる。

「…急に何さ天馬。僕は消えたりしないよ。」
そう言うと夕陽と青色が混ざった瞳を向けられる。さっきよりも大きく鼓動が跳ねた。

「…嘘つき。さっきシュウが海を見つめる目、怯えてたよ。」

何度も何度も波が押し寄せてくる。そろそろ僕は立っていられなさそうだ。

「、やだなあ天馬。僕が、何に怯えるって言うの。」
やっと波に浚われるのに。

「消えたくないんだよねシュウ。ずっと、いたいんだよね。」

何処にとは言わなかった。
天馬の瞳は既に夕陽が消えていつもの青色に戻っている。少し怖い。それに思い出した。あの青に溺れてみたいと、還りたいと思ったのは、初めて君の瞳を見たときだ。

「っ…う、」
ぽろぽろと涙がこぼれてくる。そうだよ天馬。僕はここから消えたくない。どうして君には解るの。溢れる涙は言葉を奪う。ねえ天馬。僕は、やっと言える。やっと、生きたいって言えるんだね。

「てんまは、馬鹿だよ…僕の気持ちも、知らない、くせにさぁ…」
嗚咽を交ぜながら何とか出てきたのは意地っ張りな言葉。天馬はそんな僕に小さく微笑む。
「知ってるよ。だってシュウのことだもん。」
「なにそれ…」
くすりと自然に笑みがこぼれる。
天馬。僕が浚われたいと思っていた波は、君だったのかもしれない。
皆君を風だと形容するけれど。僕にとって天馬は海の一部、波だった。


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