僕は今少し困っている。
さっきから恋人が全然返事をしてくれないんだ。

「天馬。」
「……」
「てーんまくん。て、ん、ま。天馬。」
「……」

何度名を呼んでも返ってくるのは沈黙だけ。
天馬は僕に背を向け、膝を抱えて座っている。現在進行中で拗ねているのだ。いや怒ってるのかもしれない。
まあとにかく、そろそろ寂しいんだけどなあ。
天馬にバレないように溜め息をつく。
僕はその小さな背中に歩み寄ると、後ろからそっと抱きしめた。体がぴくりと跳ねる。その反応に満足しながら耳元に口を寄せた。

「…ねえ天馬。ごめんね、僕が悪かったよ。」
だから許して?そう言うと天馬の肩がふるりと震えた。
僕はその場で立ち上がり天馬の前に座る。顔を覗き込むと天馬の瞳は波が立ちゆらゆら揺れていた。あらら泣かしちゃったの僕。

「…シュウ。」

天馬は小さく己の名を呼ぶ。声色からしてもう怒ってはいないようだ。

「なぁに天馬?」

そう優しく答えると天馬は目を左右に泳がして僕を見つめてくる。
ああ天馬の眼って海みたいだ。海はあまり好きじゃないけどこっちは好きだなあ。

「どうしたの?」

答えない天馬にもう一度、さっきよりも柔らかく問うと天馬はその濡れた青い瞳をきゅっと閉じてしまった。もしかしてまた拗ねちゃった?どうしよう。

珍しく僕が内心焦っているのも知らずに、天馬はそのまま微かに顎を上げた。

「ん、」
「え?んって…」
「ん!」

そう催促する天馬の顔はさっきよりもほんのりと赤い。恥ずかしいんだ。可愛いなあ。

けれどね天馬。ちゃんと言葉にしなきゃ人には伝わらないんだよ?僕には伝わるけどね。
自然に口元が緩む。

次に目が合う時には、笑い合えるよね。
僕はその時を楽しみにしながら愛しい恋人に口づけた。


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