高校2年・白石蔵ノ介の2月14日2



自宅最寄り駅まで阪急電鉄でそのまま帰れるのものの、『友人の想い人』だった人との時間は思いのほか心地よくて、ついついJR京都駅まで一緒に来てしまった。
新幹線改札までともにすすみ、さてお別れだというその時に『今日はありがとう』とまたもお礼を述べられ、妹のおつかいに付き合わせたのはこちらだと礼を返す。


「じゃあ、また」

「…なぁ、芥川クン」


笑顔で手をふり改札へ向かおうとした彼の後姿へ声をかけると、揺れる金髪が振り返り首をかしげた。
なるほど、友人が常々口走る『コクンと首かしげるところがめっちゃ可愛いねん』か。

しばらくじっと彼を見つめていると呼び止めた理由を視線で促され、無意識に見蕩れていたことに思わずハッとした。


―見蕩れた?


(何、アホなこと…)


気のせいだと捨て置くか、それとも覚えのある感情だと素直に流れに身を任せるべきか。
いや、相手は親友が長らく想っている人だ。
いいや、その親友は既に戦線を退き、可愛い彼女を作っているのでもう関係ない。
いやいや、関係ないといっても自分は今までヘテロセクシャルで、そういう偏見は無いけれど同性相手にそんな感情を抱いたことはないはずだ。
身に覚えのあるどこか色めいた想いは、自身のものではなく親友の長い片思いを間近で見てきたからこそ、どこかシンクロしてしまったのではないのか?


「白石、どうかした?」

「いや…何でも―」


本当に、何でもない?


自分自身半ばわかっているし、もはや彼女もちの親友への後ろめたさなど無いと思っても、この気持ちを認めてしまうとやはりどこか親友に対して、なんともいえない感情が沸き起こる気がする。

たとえ今別の相手がいるとしても、目の前の彼に対する親友の想いは散々聞いてきた。
それに、白石自身は気になる相手がいれば自分から声かけてストレートに切り込む方だし、脈が無ければそこですっと引く。
それを親友には『本気で好きな相手ができないだけ』ときっぱり言い切られているため、それなら試しに首を傾げる彼に告げてみようか?
返る反応は想像できるので、きっと数分前に抱いた感情の波は引くだろう。
だが、もし引かなかったら……それは、『本気で好きな相手が出来た』ということか?

どこかくすぐったい芽生えたての感情に、すでに振り回されている気がしないでもないが、これで奥底に灯った想いが消えなかったら自分はどうなってしまうのだろう。
親友のように、不毛な片思いに突入するとでも言うのだろうか?


(…何考えとんねん、俺)


考えれば考えるだけドツボにはまりそうな気がして、これ以上深く掘り下げることを止めた。
芥川とてようやく『忍足謙也』という彼を悩ませる存在が無くなったのに、続いて『白石蔵ノ介』が出てきたらまず間違いなく戸惑うだろう。
それでも優しい子なので厳しい言葉は浴びせてこないだろうが、そんな彼の優しさにつけこんでグイグイいくような真似はしたくないし、できれば困らせたくもないものだ。


―ぐいぐい?


気のせい、親友にシンクロした、だの『よくわからない感情』との位置づけはどうした。
思いっきり自覚しているではないか。

考えるのは止めたと言い聞かせながらも頭の中では感情が一つずつ整理されていって、どんどん視界がクリアになっていく。

黙り込んだ白石に怪訝な表情を浮かべた芥川へ誤魔化すように何でもなさを装い、カバンから自宅最寄駅のコンビニで買った新作抹茶ポッキーを取り出し、途端に目を輝かせた彼へ渡した。


「これ、新しいやつ?!すっげぇ、こんなの出たんだ」

「ポッキー、好きやんな?やるわ」

「いいの?」

「チョコのお礼。新幹線のおともに、ええやろ」

「ありがとう!」


―あぁ、やはり彼は笑顔がとてもよく似合う。


『アイツの笑顔は心が洗われるて侑士が言っててんけど、ホンマにそうやねん。ホンワカして、あぁ、俺、こいつのこと好きやなぁって実感する』


(実感する、か。確かに……何や、温かい気分になるなぁ)


友人がいつか語ったフレーズが頭をよぎる。
あの時は何とも思わなかったものの、一度意識するとまざまざと……それこそ当事、友人が幸せそうに話していた時の気分とシンクロしたかのように、彼の思いを本能で理解した。


「ほな、気ぃつけや」

「ありがと。また今度」

「ん。元気でな」

「あははっ、そっちもね」

「……ええなぁ」

「うん?」


最後の最後、今度こそお別れの挨拶を交わして改札をくぐろうと背を向けようとしたまさにラスト。
呟かれた言葉がよく聞き取れなかったため、聞き返そうと白石へ視線を戻すと、先ほどまでとうって変わってどこか真剣な表情でうんうん頷いている。


(何だろ…まだ何か、あるのかな。白石…?)


「芥川クンのこと、ええなぁって」

「え?」

「好きやなぁ」

「……は?」


すんなりと出てきた言葉に白石自身も驚いたものの、告げられた芥川は何を言われているかわからず、きょとんと立ち尽くし目をまんまるくさせた。
ただ、彼本人は多少独特な感性の持ち主ではあるものの決して鈍いわけではない。
じわじわと白石の言葉が頭に入ってきて意味は理解したが真意を測れず、また、今まで散々『忍足謙也』にそういう点でアプローチされてきたものの、隣の『白石蔵ノ介』はどちらかといえば忍足を諌める方、という認識だったため、まさか彼からそんな言葉をかけられるなんて思ってもいない。


(なに、考えてんだろ。どういう、こと…白石?)


正直、芥川本人にとってはこの状況は『戸惑い』しか示せない。
冗談ともとれるけれど、真っ直ぐに見つめてくる白石の瞳は真剣で、奥に見え隠れする感情の高ぶり、一直線に向けられる想いは芥川自身も覚えのある気がして。
そう、あれは彼の親友の『忍足謙也』が芥川を見るときの視線と、同じ―


(ウソ…ちょっと、待ってよ。冗談、キツイ…)


「悪いな。謙也の件でホッとしてんねやろ?」

「あ…」

「それやのに、次は俺で」

「ちょ、白石。待って、……冗談、だよね?」

「俺も最初は気のせいや思ってんけど、残念ながらちゃうんかっちゅうのもちゃうかってん」

「ちゃうがちゃうで、ちゃう?…ええっと」

「好きや」

「ーっ!」



つい先ほど自覚したばかりだというのにこの展開はさすがに早いと白石自身も心の中で突っ込みつつも、流れというのもあれば気になる人には自分からいく方なので、するっと出てしまった『好きや』も、仕方ないなとつい苦笑してしまう。
芥川にはひたすらお気の毒だけど、ダメならダメできっぱりNOと言ってくれれば、その時に浮かぶ感情でこの想いが一過性のものなのか、自身の恋愛スタンスだと決め付けてきた今まで通りの『簡単に諦められるもの』か、はたまた友人の言う『本気で好きなヤツ』として謙也の二の舞を踏むのか。


「あ、の…」

「アリかナシかはっきり聞きたいところやけど」

「よ、予想外、で、その……何て言っていいか、オレ…えっと」

「まぁ、俺も想定外やな」

「だったら!」

「しゃあないやろ。さっき気付いたばかりやねんから」

「でも、そんなの、ともだー」

「友情は元からあるけど、これはちゃうで」

「〜っ!!」

「こう言うんも何やけど、―謙也と一緒や」


両目を見開いてただただ驚きでぽかんと口を開け、呆ける芥川に、言い切ったと若干すっきりした白石は背筋を伸ばしてニッと笑顔を浮かべる。
このまま彼の反応を見て、自身の想いの変化を見極めて帰ろうと思ったが、思いのほか芥川の反応が鈍く、想像していた『NO』が出てこない。
結果的には『NO』なのだろうが、言葉を選んでいるのか、はたまた予想外すぎて何も出てこないのか。

普段、気になる人にはすぐさま声をかけ、反応次第でアリ・ナシを決めてすっきりサッパリするタイプだとはいえ、別に自分はすぐさまフラれて気持ちを整理したいわけではない。
いけそうならぐいぐい突き進むし、脈ナシならば無駄な時間は不要と想いと断ち切るのみで、さほど経験があるわけではないが今まですべて、そのやり方で通してきたし仄かな淡い想いも消せてきた。
けれど、どこか引っかかるのは親友の想い人だったという事実以上に、白石の恋愛スタンスに対し『本気で好きな相手ができないだけ』と謙也がかけてくる言葉。

ならば本気になってみようか?
彼は、自身の恋愛スタンスを吹き飛ばしてくれるくらい、本気にさせてくれる相手たりえるのだろうか?
いつものように即座に白黒つけないで、時間を置いてみてみようか。


「…やっぱ、今はええわ」

「は…?」

「すぐにフラれたないねん。じっくり考えてや」

「白石、でも…」

「男がアカンならそう言うて。せやけど、違う気がしてきた」

「え…」

「謙也がダメなんはわかった。けど、それがイコール俺もダメっちゅうことは無いやんな?」

「……」


(…お。否定せぇへん)


芥川がヘテロセクシャルならば不毛このうえないので、白黒はっきりさせて終わろうとも一瞬思ったのだが、つい口にでた問いかけを否定してこない。
それは彼が優しいから、こちらを傷つけまいとしているから、とか、そういうことではなく、彼自身のセクシャルな部分。
つまりは同性間の関係も、芥川にとってみれば許容範囲ということにならないだろうか?

そうだ。
男がダメなら最初からそう言うだろうし、親友も2年半以上も片思いなんてしないだろう。
ゲイへの偏見が無いとしても彼の恋愛対象が女性のみであったなら、強い想いを寄せる親友へきっぱりと『可能性ゼロ』を突きつけるはずだ。もしヘテロセクシャルなのにそのことを親友へはっきり示してこなかったのなら、そんなものは優しさでも何でもない。
その点での可能性がゼロでは無いからこそ、親友はつい最近まで長い片思いを続けたのではないのか?


「黙っとったら、ええように受け取るで?」

「……」

「じっくりゆっくり考えてや……新幹線、そろそろ出る時間、か」

「あ…」

「また今度。春休み、東京行く予定やねん」

「……」

「連絡するから、ちゃんと会うてな」

「しら、いし…」

「東京着いたら夜か。一応心配やし、家着いたらメール送ってな。ほな、気ぃつけて」

「あっ…!」


一方的に言うだけ言って、立ち尽くす芥川へ背を向けて阪急電鉄側のホームへと歩き出す。
一瞬振り返った先の新幹線改札口にはまだ突っ立ったままの彼がいて、困ったように眉を寄せた表情をバッチリ捉えた。
ただ、どこか落ち着きが無くきょろきょろと視線を彷徨わせ、それでいてそわそわしているようにも見えるし、心なしか頬に朱色が差してやいないか?


(俺、いけるんちゃうん?)


自信家タイプの都合よい解釈かもしれないが、何事もポジティブに捉えておかないとこの気持ちを保てないので、白石にとっての願望を織り交ぜながら、先ほどの光景を脳裏に焼き付けておくことにした。



週明けの教室で、親友に会ったらまず何を話そう……いや、何から聞こうか。
この劇的な感情の変化を言うべきか?
白石自身もなぜこうなったのかはよくわからないので説明つかないかもしれないが、それでも謙也が想いを断ち切って新たな恋を見つけていてくれてよかった。


親友と同じ人を好きになるなんて、ゴメンだ。

基本的に恋愛よりも友情が優先されるので、もし親友がいまだに片思いを続けていたら、どんなに自身の感情に気付いたとしても蓋をして何でもないことを装っただろう。
たとえ相手から想いを向けられたとしても、親友が昔から焦がれる人であれば、その気持に応えることはない。
誰でもというわけではないが、中学時代から部活で、学校で、常に一緒に行動し苦楽をともにした仲の良い友達であるゆえ、自分自身の好きな人よりも親友への友情が勝ってしまう。
それを『本気で好きになったことが無い』と言われればそれまでだが、それ以上に感情を揺さぶられる人が今までいなかったのも事実だ。


もはや親友の想う人ではない。
その事実が判明した今、彼への遠慮は何ひとつする必要もなく、芥川にとっては災難で自分のせいとはいえ同情もするが、これは人の感情ゆえ仕方のないことなのだから諦めてもらうしかない。

親友のように2年半以上の月日を費やしたくはないが、感触はそう悪くない ―直感が、そう告げる。


帰宅後、残念ながら妹から抹茶トリュフは貰えなかったので、家族を除けば芥川からのチョコレートが正真正銘、本日貰った唯一のチョコレートとなった。
金曜日は登校日ながらスピーチコンテストの大阪代表として公式に学校を不在にしたため、女生徒らのチョコレートは週明けたくさん貰うだろうが、それでも2月14日当日に口にしたのは、夕暮れの京都の町を歩きながら彼に手渡された、一粒の抹茶トリュフのみ。

就寝する寸前に、メールか、またはトークアプリの受信を告げる携帯のランプが点滅した。
いつもならそのまま寝て翌朝チェックするところだけど、ふと京都駅での別れを思い出し、すぐさま携帯画面をONにしてメールを確認すると、やはり自身の直感は正しかったようだ。


>>> 家に着いた。
チョコレートもお菓子も、家族みんな喜んでくれた。
今日はありがとう。また今度。


正直、あんな告白をした後だったので、『着いたらメールして』と言っておきながら本当に連絡が来るとは思っていなかった。
文面にはそのことは触れられておらず、到着報告とお礼のみの当たり障りの無いメールだけれど、目に付いたのは最後の一言。



―また、今度。



(…アリなんちゃう?俺、やっぱいける気がする)



携帯を持つ手が少し震え、さて返信はどうしようかとメール文面を慎重に、一文字一文字考えながら丹念に打ち込む。
こういう時の勘は、あいにく昔から外れたことがない。


最上級生になる手前、最後の春休みは今までのようにテニスだ遊びだとばかりは言っていられないだろう。
控える大学受験に、自身の目指す学部は医学系で志望大学は難関校の一つだ。
けれど適度な息抜きは必要なので、東京での数日間は純粋に遊ぶことだけに集中しよう。
俄然、楽しみが増えた。



高校二年生、白石蔵ノ介の2月14日は、どうやら実りの多い一日となったらしい。





(終わり)

>>目次

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白石くんのハッピー・バレンタイン!

四天宝寺のちゃんとした短編の一人目は、まさかの白石くんでした。
もっとサラっとした話になるはずだったのですが、書いてたらどんどん白石くんが勝手に動いちゃった(驚)。
ジロくんの相手として見ていないので白石くんを書くことになるとは思ってもみなかったのですが、バレキスのおかげですかね。
謙也、ゴミンネ。

こうやって散々謙也を弄り倒しながら、最後まで謙也の短編を書かない気がしてならない。
いや、3月は謙也くんの誕生日がくるから、そうでも無いのかしらん。
さて、謙也誕生日を祝うのかスルーするか……その時の気分ですな。

@抹茶トリュフは京都・西大路近所の菓●職人さんのヤツです。
10年前くらいにお店に買いにいったなーという思い出ゆえ。久々に食べたくなっちゃった。
2/14まで新宿高島屋さんに出店していたようですが、それに気付いたのが2/14夜だったという……ちぇ。
抹茶ポッキーは2014年新作で、コンビニ始め現在あちこちでみかけるゆえ。


カフェで会った子は謙也くんの彼女なのかどうなのか。
週明け教室で発覚する模様。侑士の早とちりか、はたまた… >え。

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