「……」 「「……」」 お姉さんがいれてくれたココアもすっかり冷めてしまった。 窓の外はすっかり暗く、時刻もすでに『乾杯』がはじまっているであろう夕餉時だ。 「……遅くまで、ごめん。オレ、帰る」 おそらく二人も、芥川が行き着いた答 ―言葉にはしなかったけれど、彼が青春台をふらふら歩いていたことと、浮かない表情だった理由を把握しただろう。 どこまでの感情なのかは芥川本人しかわかりえないことだとしても。 「送っていくよ。姉さん、いいかな?」 「ええ。車出すわね」 「ありがと。でも、一人で大丈夫だから」 「もう外も暗いし、遠慮しないで。周助、ガレージ開けといてくれる?」 「うん。さ、芥川。英二も」 「俺も?」 「そ。ついでに僕たちもご飯食べてこよっか」 「なに、帰りにどっか寄んの?」 「まぁ、寄るというか。着いてからのお楽しみってことでね」 「?」 「ほら、行くよ。芥川も」 「……ありがと」 どうしよう。 家に帰るか、跡部邸のパーティに途中参加するか。 けれども、こんな状態で跡部邸に行ったら、皆にあれこれ聞かれるだろうし、そしたらヘンなカツアゲ男の話が出て、余計な心配をかけてしまう。 跡部の耳に入ればまたSPをつけるだの始まるかもしれないし、懇々と説教されるかもしれない。 いいや、跡部は忙しいから今日は一言二言しか話は出来ないか。 アルファロメオの後部座席に菊丸とともに乗りこんだ。 エンジンをかけた運転手のお姉さんはカーナビに目的地を入力するよう弟に告げる。 住所を打ち込んだら車が進みだし、車内にはオールディーズが流れだした。 「不二、今日はありがとう……菊丸も、おねえさんも」 心地いい革張りのシートとゆったりした音楽、そして気持ちを吐き出して多少すっきりしたことから緊張感もほどけ、いつものように眠くなったようだ。 素直にお礼を述べて、瞳をとじた。 目が覚めたら見慣れた商店街で、今日は泊ることになっているため少し早い帰宅に家族は驚くかもしれないなと思いながら、襲ってきた睡魔に身を任せた。 「寝ちゃったね」 「相変わらず、寝入るのが早いなー。てういかさ、どーすんの?」 「どうするって?」 「いま、どこ向かってるわけ?芥川のうち?てういか不二、知ってンの?」 「芥川の自宅は知らないけど」 「え、じゃどこ行くのさ」 「決まってるじゃない」 「?」 元々、彼が行く予定だったところだと告げれば、菊丸も納得したのか『そりゃそっか』と頷いた。 「それにさ、だいぶ心配してるからねぇ」 「氷帝の連中?」 「そう。特に、王様が、さ」 「え、連絡とったの?」 「とったというか、きたというか」 「は?」 「英二、自分の携帯、見てないの?」 「携帯……あ、授業終わってからずっとマナーモードだったかも」 「見てみなよ」 「?」 カバンに突っ込みっぱなしだった携帯電話を取り出して、画面をつけてみた。 すると。 「わ!な、なにこれ」 「ね。すっごいでしょ」 自校・他校を交え数人のテニス部の友人たちからの着信履歴とメールの数々。 開いてみれば、中には氷帝メンバーからの着信だけでなく、なんと跡部景吾本人からも。 「愛されてるよねぇ、芥川」 「だよね。内容、ぜーんぶ一緒だし」 芥川の安否情報を問う内容というか、何というか。 最初は氷帝メンツが、いつまでも来ない芥川を心配して、芥川が仲の良い他校生に連絡を入れたのを切欠に、どんどん広がっていった連絡網。 『5月5日の芥川誕生会in跡部邸』に招かれたテニス関係の生徒にはほぼ連絡がまわったようで、色々な人から様々な情報とともにメール、LI●E等たくさんの連絡が飛び交っていた。 例@向日→丸井→千石→亜久津→河村→不二(交番にて) 例A日吉→切原→桃城→越前(『あのね、俺いまアメリカなんスよ?見かけるワケないでしょ』とバッサリ) 例B宍戸→乾→海堂→神尾→伊武→芥川(電源オフ) などなど。 跡部本人から連絡を受けている人も多く、それは菊丸も同様だった。 「僕はタカさんからのメールで知ってさ。ちょうど交番に連れてったときだったから。そしたらタイミングよく跡部からかかってきて」 「ケーサツで?」 「そ。犯人突き出してる最中」 「!そいつのこと、言ったの?」 「まぁ、聞かれたから」 曰く、突然の跡部からのコールに、出てみれば開口一番『ジローを見なかったか?』と。 直前にチェックした河村からのメールで把握していたため、『うん。見たよ。ついさっき』と軽く答えたことで、物凄い剣幕で彼の行方を尋ねられた。 『今どこにいるんだ?!ジローは』 『う〜ん、たぶん、僕の家に着いてる頃、かな』 『おい。どういうことだ』 『いまちょっと忙しいんだよね。交番で犯人突き出してるところだし』 『は?』 『いたいけな男子高校生を襲っていたヘンタイを捕まえた、ってところかな』 『……ジローに何があった』 コレコレこうこう、よって今、お上の裁きを受けよと国家権力に突き出しているところだ。 のほほんとした不二の声色に、しばらく沈黙した跡部は、場所と詳細を聞いてから電話を切った。 その数分後にはスーツ姿の大人が数人交番にやってきて、おまわりさんとしばらく話しをし、犯人を引き取っていったらしい。 家に戻る途中、受けた忍足からの電話では、これから芥川を迎えに行くからそれまで芥川を見ていてくれないか、と。 姉に車を出してもらい芥川家まで送り届けると告げれば今日は跡部邸でパーティとのこと。 それなら跡部邸に届けるのでご心配なくと切ろうとしたら、跡部邸でのパーティ具合を説明されて『なんならメシ、食ってけばええやん』と誘われた。 なんでも今年はエスニック料理や各国の郷土料理中心に準備され、北米料理コーナーではケイジャン料理も用意されでっかいチキンがあったという。 「まぁ、セレブなパーティはともかく、高いビュッフェ・レストランだと思って、ご飯食べに行こうかなーって」 「あっそ……それで、『ご飯食べてくる』ってわけね」 「そうそう。きっと帰りもタクシー呼んでくれるからさ」 「え?由美子さんは?」 「姉さんはデートなんだって」 「そうなの。ごめんなさいね?帰りは迎えにいけなくて」 高いビュッフェ・レストランに行けないのは残念だけど、と微笑んでハンドルをきり、車は緑の多い高台に入っていった。 「え、ていうかさ。俺、制服なんですけど」 「うん。学校帰りだしね」 「不二も―って、いつの間に着替えたの!?」 「何言ってるの。家かえってすぐ着替えたよ?リビングで話してるときも、僕、私服だったけど?」 「げっ……じゃ、俺だけ制服?」 「学生のうちは、制服も立派な正装だから」 「……跡部んちのパーティか。なんか場違いじゃない?俺」 「だから、高いビュッフェ・レストランだと思ってさ」 「高いレストランでも場違いだっつーの」 「へーきへーき。芥川だって、カジュアルでしょ?」 「…まぁ、そうだけどさ」 「可愛い格好してるけどね」 「!そーだよ。芥川はちゃんとレストラン入れる格好じゃん!」 「大丈夫。レストランじゃなくて、跡部の家だから」 「〜っ!どっちだよ」 わーわー騒ぐ菊丸をぽんぽんついているうちに、大きな正門をくぐって玄関口に車が停まった。 すかさずドアマンに車のドアがあけられ、優雅な足取りでおりた不二は『英二、芥川おぶって』と一言。 一応、隣で眠る彼に声をかけてみたけれど、やっぱりと言っていいのか起きない。 「しょーがないな〜よいしょっと」 お姫様だっこをしたなんて後でバレたら恥ずかしがるだろうか? とりあえず車から出して、腕の中の芥川を不二に手伝ってもらいながら背中へ移し、中へと入っていく。 レセプションで『不二周助です。あと、菊丸英二に芥川慈郎。景吾さんの学友です』と名を告げ、名簿に名前を三人分書いた。 受付の黒服は『芥川慈郎』に反応し、菊丸の背におぶられている金髪とその寝顔にハッとして、すぐさま携帯電話を取り出し『失礼します』と一旦その場を離れた。 「…どったの?」 「さぁ。呼びにいったんじゃない?」 「誰?氷帝の誰か?」 「跡部、かな」 「本人いそがしーんじゃないの?芥川も、パーティ中は挨拶回りで毎年ぜんぜん喋れないって―」 「いや、跡部が来るよ、きっと」 うっすら目をあけて、黒服が入っていった中央のドアを眺め、もうじき姿を現すだろう男の慌てぶりを想像したら、少し楽しくなったらしい。 (不二…) 怖いにゃ。 なんてことは口が裂けても言えないけど、とりあえずは背中の芥川が深い眠りについているのか全っっっ然起きないので、どうしようか。 近くのソファにおろそうか、いやいやベッドでも借りて寝かせたほうがいいのか、あれこれ考えていたら、バン!という音とともに、タキシード姿の男があらわれた。 「あ。」 「ほらね」 いつも決まっている髪形が少し乱れている…? 眉を寄せて、表情もどこか強張っているのか、全体的に慌しい。 レセプションの不二と菊丸を見つけると、男は一目散に走って駆け寄ってきた。 「ジロー!!」 受付にやってきた本日の主役のはずの跡部と二人は挨拶を交わし、寝てしまった芥川の『交番の後のこと』を簡潔に説明した。 「二人ともすまなかったな」 「跡部に謝られることじゃないしね」 「ああ、だが。うちの部員が迷惑かけた」 「フフ。部員…ね。まぁ、気にしないで」 「…寝てンのか」 「車の中で、すぐ寝ちゃったよ」 「……菊丸。ジローを寄越せ。寝かせてくる」 「うん?いいよ、別に。俺、連れてくし。どこ運べばいい?」 「…いや、俺が連れて行く。お前らは中で適当にしてくれ」 「でも、跡部は主役っしょ?戻ったほうがいいんじゃないの?」 「英二。いいから跡部に預けて。僕たちは中、行こう」 どうせならこのまま運んで、それから中に入ればいいのにと思いつつも、不二がそう言うので背中の芥川を近くのソファへおろした。 すかさず跡部が抱き上げ、車をおりる際に一瞬菊丸も行った『お姫様抱っこ』のまま廊下奥へと進んでいき、階段をのぼっていってやがて姿が見えなくなった。 「すんごい剣幕だったな〜跡部」 「ふふ。心配だったんだろうね、今までずっと」 「う〜ん。…ま、いっか。さ、ごはんごはん〜♪」 「そうそう。ご飯ご飯〜♪」 跡部が飛び出てきた中央の扉をあけて中に入ると、想像を遥に超える煌びやかな世界が広がっていた。 菊丸はただただ圧倒され、やはり制服は場違いだとがっくり肩を落とす。 ―が、不二はお構いなしにぐいぐい進んでいき、『英二、何してるの』とストップした友人を呼んだのだが、その声に反応したのは近くのテーブルで談笑していた氷帝学園の面々だったようだ。 >>次ページ >>目次 |