いちばん寂しかった日2-2



『大人しくしろよ。すぐすむから』



急に何を言い出すのか。
先ほどとは口調がガラリとかわり、妙に冷静になった男の声が響いた。


『話してみたかっただけなんだけどな』

「な、に…」

『まさか本人に、こんなに近くで会えるなんて』

「…っ!」


男がポケットから取り出したものが、見覚えのあるパッケージな気がして頭の中を警報が駆け巡った。
アレは、いつか日吉が叩き落したスプレーではないだろうか?
催眠か、催涙か、…とりあえずはロクなものではない。


『部屋に連れてくだけだ。暴れるな』

「やだ、止めてっ!」


いつかのストーカーもどきと同じだ。
あの時は、どうしたんだっけ…?

暴れようとして、押さえつけられて、蹴り上げて、としばらく応酬していたら日吉がかけつけてくれて、ストーカーもどきに制裁を加えて。

いつかの変なお姉さんのときは?
あのときは、宍戸と向日が割って入り助けてくれて、しまいには鳳と樺地がお姉さんに説教して改心させた(今では心を入れ替えてATOBE系列のベーカリーで真面目に働いている)。

しつこい他校の男子高校生(年上)に執拗に絡まれたときは、通りがかりの亜久津が粛清を加えた。
さらに後日待ち伏せされたけれど、『あっくんへお礼のモンブラン』を男子高校生に叩き落されモンブランがぐちゃぐちゃになり、怒った亜久津の天誅が炸裂し、以降付きまとわれなくなった。

同様の女子高生ストーカーもどきの回では、週一の立海見学までついてこられて困りきったところに、ヒーローのように颯爽とあらわれた丸井が救い出してくれた。
立ち直れなくなるまでボロボロに女子高生を言葉で追い詰めたのは仁王で、柳生はフォローに入ると思いきやさらなる一撃を加え、柳は冷静に『このまま君がストーキングを続けると、将来的に―』なる女子高生の一生をこと細かく予想。
最終的に真田の体育会系な一喝で、女子高生は憑き物が落ちたかのようにすっきりした顔で帰っていった。


不本意だが、自分はある種のソウイウ変なヤツを惹きつけるらしい。

気をつけた方がいい、と何人かに言われたこともある。
観察力にたけた仁王の姉や、自身の兄もそうだし、跡部にもさりげなく注意されたことがある。
だからといって何をどう注意したらいいのかなんて、わからない。
何かを意識してやっているわけではないし、自分のどういうところが『惹きつける』のかなんて、サッパリだ。


あの日の女子高生やお姉さんならともかく、カツアゲ男の本性―ジャンルがストーカーもどきとなると、ひとりでは対処できないかもしれない。
過去の似たような事件を思い浮かべては結果・対処法を思い出そうとするも、その全てが自分ではなく周りの人々によってもたらされた『解決』だと気づき、ぞっとした。



『暴れるなって言ってるのに。…しょうがないなぁ』

「!!」


謎のスプレーをポケットにしまい、別の黒いものを取り出したのだが、その形状が―どう見ても、電気が走りそうな。


『痛くはないよ。一瞬だから』


痛いに決まってる。
スプレーのほうが痛みを一定時間感じるため辛いかもしれないが、一瞬とはいえ、痛いモンは痛い。


(スタンガン!?)


何てものまで持ってるんだとカツアゲ男を睨みたくなるも、目を合わせたら終わりのような気がする。
こんな至近距離で、もう木登りは不可―のぼろうとした瞬間、後ろからスタンガンで終わりだ。
かといってまたダッシュで逃げようとしても、この距離なので飛び出した瞬間に電気浴びせられて失神か。



(…っ…やだ…もう、何で、オレ…っ。
おとーさん、おかーさん!!
にいちゃっ……岳人、亮ちゃんっ…


あとべ、跡部っ

たすけて、あとべ…
ごめん、なさ…すぐ、行かなくて、ごめんなさい。


―神様 )




天に祈るような気持ちで、胸の中で必死に名前を唱えた。
助けて、たすけて。


いつもいつも、ピンチのときは絶対に来てくれた。
迷子になっても必ず、時にはヘリを飛ばしてかけつけてくれた。


最大のピンチに最終的に叫んだ名は、家族でも幼馴染でもなく、いつも助けてくれる絶対的な存在だった。




「たすけて、跡部ーっ!!」




いくらいつもピンチに現れるヒーローとはいえ、今日という日は一年で一番無理な日だ。
彼本人が自宅に縫い付けられており、来客を迎えるため正装していることだろう。

けれども、一番のピンチに頭が真っ白になった芥川にとって、浮かぶのは一目散に駆け寄り『ジロー、もう大丈夫だ』と安心させてくれる彼の笑顔だけだった。



『お前っ、大声出すなと言っただろう』



さっと表情を変えて芥川の腕を掴み、スタンガンのスイッチを入れたカツアゲ男に、もうダメかとギュっと目を閉じた。





…が、予想した痛みは訪れず。



(…?)






恐る恐る目を開けると、カツアゲ男は両腕をひねるようにひとくくりに絞り上げられていた。


『うっ…』

「君、懲りないね」

「え、なになに?こいつ、知り合いなの?」

「知り合いってほどじゃないけどね」

『は、放せ』

「僕の視界に入らないと誓ったよね?」

『…っ』

「つまりはこの町内に立ち入るなという意味もあるんだけど、理解できないのかな?
しかも、今度はこの子を襲おうとでもしてたの?」

「なんだよ〜どういう関係?」

「姉さんのストーカー」

「へ?うっそ、まじで」

「あまりにしつこかったから精神的に立ち直れないようにしたんだけど、こんなことしてるってことは立ち直ったのかな?」

『……』

「やっぱり警察、突き出そう」


美しい尊顔からぽんぽん出てくる辛らつな台詞に、芥川はびっくりして目をまんまるくさせる。
カツアゲ男もやけに大人しく、なすがままにされていることも驚きだ。


『け、警察は―』

「ていうかね。現行犯逮捕だよね、この状況」

「だよなぁ。催涙スプレーに、スタンガン?しかも物騒なこと言ってたしさー」

「選ばせてあげるよ。警察か、君の職場か」

『!!』

「それとも、君の家族にしようかな?」

『…ご、ごめんなさ』

「謝ってすめば警察はーってよく言うじゃない?アレって真実だよね」

『…って』

「行くに決まってるでしょ。お前を突き出さない理由がない」

『ーっ』

「英二。ちょっと」

「ほいほーい。俺、どうすればいい?」

「僕の家、先に行ってて。交番に突き出してくる」

「りょーかい。でも、一応一緒に交番に連れてかなくていいの?証人というか、被害者というか」

「いいよ。こいつ前科あるし。こんだけ現物も揃ってて面も割れてる。いざとなったら呼ぶからさ」



家に姉がいるので鍵は心配しなくていいと言い残し、カツアゲ男を引きずって涼やかに去っていった背中を呆然と見つめること数秒。
嵐のようにやってきて颯爽と片付けていった彼は、昔も今も物腰柔らかで優しげな風貌。
『じゃあ、あとでね』と微笑まれたその顔も、見覚えのある、記憶と変わらないものだった。


「さて」


彼の隣にいたこちらの少年も、中学時代から変わらない、ピンとはねた両サイドの髪と絆創膏がトレードマーク。
高等部にあがっても何度か練習試合で交流しているので、そんなに久しぶりというわけではないけれど、私服で会う間柄でもないので何となく変な感じだ。


「移動しよっか」

「え…」

「ちょっとさ、落ち着こ?ちょうど近くにいい休憩スポット、あるから」

「きゅう、けい…」

「そ。といってもあいつん家だけどさ。お茶でものんで、リラックスして」


ふと見上げると、思いがけず優しげな、労わるような目で見つめられた。


「まだ、少し震えてるでしょ?」

「あ…」


思わず手の平を両方上にむけてじっと見てみると、僅かに震えている。
止まれ、止まれ、と唱えても中々静まらず、意思に反して落ち着いてくれない。


「ほらね。だからさ。とりあえず移動!
よし、いこう!」


震えている芥川の右手を握り、ぐんぐん前へ引っ張っていく。
小さい弟を連れた兄のような、そんな優しさと温かみのある大きな手のぬくもりに、緊張していた体が少しずつほぐれていくのを感じた。


「あそこんちの姉ちゃんがさー、ハーブティだの何だの色々凝っててさ。すっげぇ変な味のモンとか出されるから、覚悟しとけよー」

「オレ、ハーブティ、だめかも」

「コツは、『お茶いれましょうか?』に、コーラ!ジュース!アイスティ!って、先に言っとくことだな」

「言わないと、どうなるの?」

「今、姉ちゃんが凝ってる謎のブレンド茶が出てくる。たいていすんげぇ味」

「うへぇ〜」


他愛もない話をしながら歩くこと数分で、もとの高級住宅地の路地へ戻った。


今あったことを思い出したり、考えないようにと次々に話しかけてくれる。
そんな彼の優しさが嬉しかった。





>>3話   >>目次



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