いちばん寂しかった日1-2



淡いグレーのオックスフォードシャツのうえに、鮮やかなブルーのVネックカットソーを重ねる。
素材がニットのためぐっと秋めいた装いだなと感じるも、外もずいぶん涼しくなったのでちょうどいい。
ボトムはネイビーのクロップドチノパンツで定番のものだけど、数センチめくられた裾は目を引くチェック柄、というのも彼らしい遊びポイントだろう。
ひざを少し隠す程度の丈から伸びている素足は、彼の少年らしい幼い部分を存分に主張しており、無造作に履いているクリーム色のデッキシューズも……原っぱでも歩いたのか少々土汚れがついているところはご愛嬌か。
肩からかけた大きめの帆布かばんの中には、一応プレゼントなるものもいれている。
いつものリュックではなく肩かけのかばんを引っ掛けて、精一杯の正装……と呼ぶにはカジュアルすぎるかもしれないが、それでも目一杯オシャレをしたつもりだ。


ちなみに帆布かばんは関西出身のチームメートが里帰りする際に懇願され、2泊3日でついていったときに日帰りで遊びにでかけた京都で購入したものである。
いわく、チームメートの従兄弟 ―大阪在住の同い年の関西人― と一回でいいからデートしてくれと訴えられ続け、いい加減しつこくなりしぶしぶ承諾したんだとか。



本日10月4日は、部活のチームメートであり、通う高校の生徒会長であり、中学から色々世話やら面倒やらをみてもらっている大切なトモダチの誕生日だ。

毎年本人の大豪邸で誕生パーティが開かれ、例外なく彼の周りの友人らは招待を受ける―ドレスコードは正装で(制服も可)。
中学1年時から昨年まで毎年、芥川ももちろん参加しており、制服のときもあれば私服で目一杯のオシャレをして参加したこともあった。
去年も学校が終わると他のチームメートらとともに着替えてから大豪邸へ向かい、普段とは縁遠い『本物のセレブのパーティ』なるものを楽しんだものだ。


今年ももちろん招待を受けており、友人らは学校で各々の『正装』に着替えて、直接大豪邸へ向かっている。
芥川本人はというと、家に着替え一式を置いてきてしまったのでと一旦の帰宅を宣言し、放課後は一目散に自宅へと戻っていった。



ジャケット羽織るほうがいいのかな?
ちゃんと長い丈のパンツで、靴もピッカピカの革靴じゃないとだめ??
シャツとネクタイと……う〜ん、そういう格好ふだんしないから、そーいうのだと制服??



あれこれと昨晩考えたものだが、大豪邸の息子本人はどういう格好しようが、余程変な装いじゃなければ文句を言うこともない。
『一応は正装だが、俺らは高校生なんだし、そんなにうるさくねぇよ』
なので好きな格好で来い、と言ってくれている。
(の割りには当人はスーツでバッチリ決めているのだが……まぁ、跡部家の坊ちゃまなのだから当然ともいえるけど)


ちゃんとした格好、ちゃんとした格好……と考えれば考えるほど、『制服』しか出てこないので、ここは跡部の『好きな格好でこい』をとることにして、クローゼットをあけて最近お気に入りのアイテムをぽんぽんベッドになげていった。

発色のよい鮮やかなブルーのニットカットソーは、まだ暑かった9月初旬に友達とショッピングへ出かけた際に購入。
お店に入ったとき、一瞬で目をひかれた―――のは一緒にいた友人なのだが、いわくキレイな青色に釘付けになって、カットソーを手に取ったら柔らかな素材感もあいまってか欲しくなってしまったんだとか。
ただ、友人本人は燃えるような赤い髪のためか、鏡にあてたときに一目ぼれした青のカットソーよりも、色違いの黄色のほうがバッチリ似合っていたため、『一目ぼれしたもの』か『似合うもの』かを延々と考えた結果、『似合うもの』を選んだ。
……のだが『一目ぼれしたもの』も諦めきれず、小物コーナーで帽子を眺めていた友人をちょいちょい手招きし、彼にあててみたところ……ふわふわした金髪に鮮やかなブルーが映えて、とても似合っていた。


『ジロくん、これいいじゃん!』


褒められると、まったく意識していなかったアイテムもどんどん自分の中に入ってくるもの。
特に、趣味が合い話しも楽しく、何よりファッションセンスも抜群で常に私服がかっこいい大好きな友達からの猛プッシュなおすすめだったので。


結果的にお揃いのカットソーとなったわけだけど、双方満足して購入したのでそれはそれでよい買い物となった。
隣に住む幼馴染に何気なく話したら、『ついにお前ら、ペアルックするようになったのか…』なんて呆れられたのだけれど。


ハーフサイズのチノパンは幼馴染二人と出かけたときに、ショッピングモールで見かけ、向日チョイスでゲットしたものだし、普段はめったに着ないかっちりしたシャツは跡部サマが中学の頃お召しになっていたものをおさがりで貰ったのだ。

帆布バッグも大阪旅行……
といっていいのか、テニス部チームメートの関西人の里帰りに

『ついてきてくれ!新幹線代はこっち持ちやし、ご飯もぜんぶ出る。
至れり尽くせりやから!!』

『頼むっ!!アイツに会うてやって。もう俺、限界やねん……毎晩毎晩電話きて、今日のジローがどうだったか聞いてくんねんで?!』

『あかん…もう、耐えられん。アイツにきっぱり、直接、面と向かってフってやって…』


とまぁ芥川的には理解のできないことをツラツラ述べる忍足……を交わすこと一ヶ月。
いいかげんしつこくなり、相手するのも面倒くさくなったため、最終的に折れた。

新大阪に到着した二人を、忍足を悩ませる彼の従兄弟がわざわざ出迎えにきていて、芥川と会うのが実に一年以上ぶりなこともあってか『あ、あ、あ、芥川。ひ、ひ、久し、ぶり、やな』なんて、どこぞの大将かと突っ込まずにはいられない口調っぷりだった。
結果的に忍足の『フってやってくれ』を叶えたかどうかは割愛するが、到着翌日の日帰り京都観光は大層楽しかったようで、芥川としては楽しい2泊3日を過ごせたらしい。
(始終どもり気味の忍足従兄弟ではなく、京都ガイドをかって出たのが完璧男・白石と石田の銀さんだったからかもしれない)


身に着けている全てのものは、何一つ自分で選んだものではなく、
『ジロくん、これいいじゃん!』
『裾がチェックのヤツがいーんじゃねぇ?ジローにはコレだな』
『俺様が中学の頃のものだがな。お前に似合うだろう。ほら、持ってけ』
『ここの帆布製品がええねん。かばんおすすめやで?オレンジのやつ、芥川クンに似合うやろ』
などなど、周りの友人たちに貰ったり、おすすめされたりで増えていったアイテムだ。



『一番のお気に入りファッション』をバッチリ着込んで今年の跡部パーティに参加しよう!


そう決めて、そそくさと着替えたら家を飛び出て、商店街つっきって駅へ向かった。

電車に揺られて外の景色を眺めているうちに、うとうと眠くなる……のはいつものことだが、夕焼けのオレンジ色を浴びていたら今日一日を思い出して、妙な違和感を覚えた。


朝、妹に叩き起こされて、ごはん食べて。
朝練参加、授業は寝てたり起きたりの繰り返し、休み時間は机に突っ伏して、ランチは滝と屋上で。
その後は屋上の給水タンクにのぼり青空の下、大の字でお昼寝……が、チャイムで起こされダッシュで教室に戻り、残りの授業を寝ぼけ眼で受けてたら数学当てられて。
何も聞いていなかったのでヤバイ…とは思わないキャラクターなので、シレっと『わかりませーん』なんて応えようとしたら親切な隣の席の女の子がノート貸してくれて、そのまま読み上げたら満点の答だったため事なきを得た。


たいがいが『いつもの日常』なのだけど、普段と違うことが一つ。

10月4日だけ起こる、いつもと異なるもの。



もちろん、跡部景吾の誕生日ということで大盛り上がりの女生徒たちが、彼の周りに溢れかえってる、ということもあるのだが。
それ以上に、当人が『いつもの日常』とは少し違う行動をするのだ。


この日ばかりは朝練不参加。
―観客席に女生徒で溢れかえり、練習にならないからと登校後は真っ直ぐ生徒会室へ向かい、他の生徒会員とともに4日対策を確認しあうらしい。

休み時間は教室または生徒会室の往復のみで、極力生徒会員というガードを周りに侍らせパニックにならないよう注意を払う。

ランチも同様、カフェテリアの『生徒会長席』で一般生徒をシャットアウトしつつもご尊顔をおしみなくさらし、ファンサービスに勤しむ…かはともかく、中々二年の教室に近寄れない一年生のためか、公共のカフェテリアで食事をしてくれるらしい。

テニス部のチームメートが近づこうとしても、この日ばかりは生徒会メンバーのガードがかたく、さらに女生徒たちが周りをグルっとかこんでいるため、いつものように一緒にランチや部活で汗を流す……ことが難しいので、自然と10月4日は跡部に近づかない日、という暗黙の了解的な雰囲気になっている。


結果的に夜は跡部家でパーティがあり、チームメートたちは招待を受けているので、10月4日に起こる氷帝学園の一種異様な『跡部様〜!!』も、跡部邸では無縁のことだと皆が割り切れる。
…のだが。


唯一、もやもやを感じている二年生が一人。




『電話しろ。迎えをやる』


そう言われたけれど、最寄駅までは自分で行きますと伝えたら『それなら駅についたら連絡しろ』なんてあちらも引かなかったので、そこで折り合いをつけて電車で数駅、跡部邸の最寄駅でおりたら電話する予定だった。

ただ、電車の中でボーっと考えていたからなのか、何故だかわからないけれど、降りるべきな駅を通り過ぎて数分。


『次は〜』


車内アナウンスが聞き覚えのある駅名を告げたからか、気づいたらホームへ降りてしまい、そのまま改札をぬけ何となく見たことがあるような、無いような……そんな街を歩いて、歩いて。


気がつけば緑が広がる公園を通り過ぎて、団地を抜けて、来たことのある中学校の前を通って。


自分でもどこを歩いているかわからなくなっている中、日もいよいよ暮れそうな真っ赤な空の下。

気づけば青春台にほど近い、高級住宅地をとぼとぼと歩いていた。





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