丸井先輩が『誕生日プレゼント』としてくれたお菓子袋に入ってる小さい箱に、思わず目がいった。 ポッ●ーミディ、ぽってりショコラ こんな部活バカで先輩たちにベッタリな(といわれるのは心外だけど、実際そうなのだから否定もできない)自分にも、実はひそかに想う人がいるのだけど………あいにく一つ年上の他校生で、同じくテニスに一生懸命な人だ。 本当はイベントに浮かれる女子たちのように、思い描く人と一緒に過ごしたい、という気持ちはあるのだけど、実行するにはハードルが… 一に、冠婚葬祭以外で部活を休むことが許されない雰囲気 二に、相手のあの人も強豪校のテニス部に所属していて、平日はもちろん部活 三に、あちらには最強に過保護な保護者が何人もいる 四に、多種多様な理由をつけて部活を早退したり、朝練に遅刻したり、日曜練習を休んでいたら先輩に鉄拳制裁を受けて、こちらの監視も厳しくなった (身内を何人危篤状態にしたのかわかんねぇ。だって、そうでもしないとあの人んとこ行けないし) 週一か10日に一度のペースで立海の練習を見に来てくれる人だから、淡い期待を抱いたりもしたんだけど… (あいにく目的は俺じゃなく、このお菓子の贈り主だけど) 中等部一年生の冬、練習試合で初めてみたあの人。 最初は、仮にも全国覇者立海のレギュラーと対戦、しかも日ごろ自分によくしてくれている先輩の相手が、何であんな無名のプレイヤーなんだ。 バカにしてんのか?! なんて野次を飛ばしたモンだけど、丸井先輩の相手は予想外に強かった。 柳先輩も『データがない』と言っていたけれど、あの人のプレーをみてなにやらノートに書き出していたし、丸井先輩から2ゲームとったときは正直、立海側は騒然としていた。 …まさかの結末だったけど。 それ以来、練習を見に来るあの人に目がいくようになって、それでも俺のほうが強い!と思っていたんだけど、中学二年の秋、選抜合宿で勝負を挑んだらコテンパンにやられた。 俺より小柄で力も無いし、丸井先輩との試合ではガス欠で寝こけた印象が強かったのに、あのときの印象のままゲームを始めたのが悪かったのか(先入観ってヤツ)、それとも単なる実力差なのか。 正直、あの人の試合をちゃんと見たことがなく、関東大会では不二サンに歯が立たなかったと聞くし、全国では青学との試合で外されたというし。 『相手をなめてかかった結果だ。油断だな』 1セットだけのゲームだけど、負けたのは事実。 試合後に、観戦していた柳先輩に言われた言葉が胸に残った。 はっきり言うと、実力がそんなに違っていたとは思えない(負け惜しみに聞こえるかもしんねーけどさ)。 ただ、速攻で試合を持っていかれて、あの人に主導権を握られて、決められて。 あっという間の1セットだったという記憶がある。 (その後、同室の日吉にあの人は強いと聞かされた。あの跡部サンの次、つまり氷帝ナンバー2で、鳳も日吉も勝てたことが無い、と。 パワープレイヤーの樺地さえ、小柄で力がそんなにないあの人に負けるといっていたことも驚きだ) その後も勝負を挑もうとしたけど、休憩中はたいがい寝ていて相手にしてくれない。 夜の空いた時間に声をかけようとしても、丸井先輩の『卓球すっぞい』に、ひょいひょい着いていかれてフラれる。 なんでか知らねないけど、盲目的に丸井先輩を信仰しているのか何なのか。 部屋も一緒。 朝・昼・晩と食事も同じテーブルで、同じタイミングで席を立つ。 丸井先輩に用事があって探しても、たいがい一緒にいる。 同じコートにいたからか、天根、鳳と4人でいることも多かったけど。 その後は高等部にあがったあの人と、中学三年になった俺。 他校なうえ高校生と中学生では接点なんて殆どない。 立海の練習を見に来ていたあの人も、丸井先輩が高等部の練習場にうつった時を同じくして、見に来るコートも高等部になった。 不憫に思ったのか面白がっているのか何なのか、あの人が練習を見に来ている日は、5分休憩の間に仁王先輩がメールで知らせてくれてたので、中等部の練習を終えたらソッコーで高等部のコートへ行くというアホなことを続けたりして。 丸井先輩と、あの人と、たまにジャッカル先輩や仁王先輩ら他の先輩方も加わって、ラーメン桑原やファーストフード、コーヒーショップに行ったり、ゲームセンターで対戦したり。 携帯番号を交換して堂々と接点を持てたのは高等部にあがる頃。 知り合って2年近く……今更な感じだったけど、番号を聞こうと切り出すたびに、なぜか先輩たちに邪魔されたり、あの人の強力な保護者連中から電話や迎えがきたりで撃沈。 たまたま翌日練習試合と遠征があったため、中等部の練習を早く切り上げたところに仁王先輩からの『今日、きてる』のメール。 急いで高等部のコートにいったら、幸いまだ終わってなくてフェンスで声援送ってるあの人をキャッチできた。 (いつも高等部のコートに着く頃には練習終わってて、二人きりになる前に先輩たちが合流しちゃうんだよな) コートの中の丸井先輩と目があって、ヤバイ!と思ったけど、千載一遇のチャンスを逃したら後が無い。 すぐさま携帯を取り出して、はしゃいでるあの人に番号とアドレス教えてくれ!と直訴したら、いつもの笑顔で頷いて、すぐさまリュックから携帯電話を取り出してくれた。 …長い道のりだったな。 その後、直接連絡できる手段をゲットしたけど、俺のお誘いが実を結ぶことは殆ど無かった。 ほんと、周りのガードが固すぎるんだよな。 あの人の好きなものといえば、漫画にゲームに甘いもの……とことん、丸井先輩と気が合うようになっているらしい。 丸井先輩は面倒見のいい兄貴タイプで、あの人は甘やかされる弟タイプ。 俺は? …手のかかる弟タイプだっつーのはわかってるけどさ。 先輩たちに勉強でもテニスでも、色々と面倒みてもらってるし。 弟タイプ同士だと、どういう関係性になるんだろう? 少なくとも一緒にいるとき、あの人を面倒見のいい先輩と感じることは無いけど、常にふわふわしててぼんやりしてることが多いからか、ついついこっちが手を引いてやりたくなってしまう。 …俺が、兄貴タイプになるってこと? かといって覚醒したあの人を前にすると、ぐいぐいくるからか逆らえないし、あの人に手を引っ張られるままどこへでも行きそうな自分もいる。 丸井先輩からのプレゼント・お菓子の山の中から、見慣れたポッキーを取り出した。 最近、あの人がよく食べているものだ。 『オレ、ムースポッキーがいっちばん好きなんだよね〜 でも、ここんとこどこにも置いてないから、さびしーなぁ』 中等部の頃、そんなことを言っていた。 言われてみれば見かけなくなった気がするな…と、コンビニやスーパーへ行くたびに、何となくお菓子コーナーをのぞいて、あの人の好きなポッキーが無いかチェックするのも習慣になりつつあった。 けれども、最近でたハーフサイズの新商品は、あの人が好きだったものに近いのだという。 『えへへ、すんごく久しぶり。 ちょっと違うけど、でも嬉しい。赤也にもあげる!』 そう笑ってくれたのは、ストロベリー味のポッキーだった。 確かに記憶にあるムースポッキーとは形も味もちょっと違うけど、ムースポッキーが無くなった後に出た新商品の中では、これが一番近いといえるかもしれない。 少し前まではストロベリーとチョコだったのに、今はチョコと抹茶でストロベリーが無くなっている。 定着するのか、いつの間にか無くなってしまうのかはわからないけど、たとえなくなったとしても、あの人が好きなムースポッキーのような商品をまた出してくださいよ、グ●コさん! …なんて願う自分も、アホだとわかっているけれど、、、願わずにはいられない。 今度会ったら、このポッキーも持っていって、あげようかな? すでに何個も食べているだろうけど、それでも今のところ一番好きなお菓子のはずだから、喜んでくれるはず。 『え、いいの?やっりぃ!!ありがとー!』 そんな声が聞こえるような気がして、あの人の笑顔も簡単に想像できて、少し胸があたたかくなった。 途端、胸ポケットから振動がはしり、携帯を取り出すとメール受信のマーク。 画面を開くと、まさに思い描いていた人からの、予想外の『おめでとう』メール。 まさかあの人からお祝いのメールもらえるなんて思ってもみなかったけど………やっべぇ、すごく嬉しい。 『赤也、16歳おめでとう!』 添付画像は、今手にしているものと同じ商品のフレーバー違い。 ポッキーミディ、抹茶味だった。 『新しい味出てた。今度は抹茶だって!』 その後も新商品のポッキーミディと、最近発売した『大人のポッキー』についてアレコレ書いてある文面が嬉しそうで、読んでいるこちらもついニヤけてしまう。 そのままメールを返すと、あっちも練習終わったらしくすぐさま返信がくる。 『明日は急遽練習オフになったから、立海に行く予定!』 !! 明日、練習みにくる?! ちょっと待て。 練習身に来てくれんのは嬉しいけど、それだと終わったら先輩方が一緒になる。 何とかならないものか………来る前に、どこか連れ出せばいい?? となると、久しぶりに誰かを病気か危篤か何かにさせないと、部活をサボるなんて― (………無理、か) 俺の考えなんてお見通しだと言わんばかりに、幸村部長がじっとこちらを見ている。 目が合ったら負けだ……いや、最初からわかりきっているけど。 すんません。 ちゃんと部活でます。 だって、あの人は立海の練習を見に来るのだから………決して、今となっては決して、丸井先輩だけを見に来ているワケじゃねぇ………はず。 (終わり) >>目次 |