チーズケーキを食べ終えた芥川が、紅茶を飲み干している間に会計を済ませた。 自分の分は出す!と言い張る彼に、誘ったのはこちらだからと財布を引っ込めるよう伝えて。 母への土産、とアプリコットティの紅茶缶を購入し、店を出たところでリュックからごそごそとなにやら探す芥川に、幸村と柳の歩が止まった。 「柳、これ」 「芥川?」 取り出したのは、ラベルのついていないゴールドの缶。 「今日、誕生日なんでしょ?あげるC」 「……よく知ってるな」 「さっき丸井くんからメールきた。これから皆でバーベキューなんだってね。 一人でケーキ作ってるって言ってたから、二人とも早く行ってあげて?」 にこっと音が鳴るくらいの満面の笑顔で、手をふってバイバイする芥川に、二人ともえも言われぬほんわかした気分になった。 (いい子だね) (ああ。) (やっぱり丸井にはもったいないかな) (精市…) 「これは…紅茶か?」 「うん。跡部家特製ブレンド!今日跡部に貰ったんだ」 「いいのか?」 「オレ、いつでも貰えるからへーき。跡部ん家の紅茶、すっげぇ美味しいから。 ここのも美味しかったけどね」 「ありがとう」 「どういたしまして」 なんなら幸村宅で、皆で飲んでくれと告げる彼の笑顔は明るく、対峙しているこちらもつい微笑んでしまうような不思議な魅力があった。 なるほど、『ジロくんは太陽』か。 「ああー!!柳先輩!幸村先輩も!!」 どこかからバタバタと走る音が聞こえてきて、ピタっと止まった。 スーパーの袋をひとつさげている………切原? 「弦一郎たちはどうした」 「皆もう家ッス」 「赤也、ひとりなの?」 「パプリカとマスタード買い忘れたから、走って来いって。仁王先輩が」 「そうか」 「ハイ。…って、芥川サン?!」 幸村の後ろにちょうど隠れる形になっていた芥川が見えなかったようだ。 柳への報告を終えると、ようやく見慣れた金髪が視界に入ってきた。 「あんた、こんなトコで何してんだ」 「う?」 「今日は立海来てねぇだろ?なんでこんなとこいんだよ」 「そこでお茶してた」 「…まさか、柳先輩たちと?!」 「うん」 チョコケーキとチーズケーキと紅茶、美味しかった〜 はにゃっと柔らかい笑みを浮かべると、幸村も『ね〜』と答える。 「なんだよ……今日はダメだかんな」 「え?」 「これから俺らミーティングだから、今日は丸井先輩と遊べないっつってんの!」 「うん。オレもう帰るC」 フーフーと逆毛をたてた猫のように、なにやら芥川を威嚇している切原の様子に、眺めている幸村・柳はハテナ状態だ。 この二人、仲が悪かっただろうか? いや、見る限りは切原がつっかかっているような… 「だいたい、来すぎなんだっつーの」 「う?」 「『う』じゃねぇ!あんた、しょっちゅー立海に来てるけど、氷帝ってそんなに暇なのかよ」 「練習オフの日に来てるよ?」 「オフがあること自体、たいしたテニスー」 「赤也」 「イテッ!」 ヒートアップしながらつっかかっていく切原に、チョップを食らわせ黙るよう告げる。 隣では幸村が呆れ顔でため息をつき、『ごめんね?うちのが』と謝るが、全然気にしていない様子で微笑まれた。 「あ、何かついてる」 「あん?って、触ンな!」 髪の毛に触れた手を、咄嗟に叩き落そうとしたら目の前に白い花弁を出される。 「はい、これ。」 「髪に触んじゃねーよ」 「あ、そっかそっか。ゴミンネ。 わかめへあ?だっけ。キープ大変なんだよね、そういえば」 「ーっ、あんた、何つった、いま!!」 「う?」 カッと目を見開いて、ホゲホゲしている金髪の年上を睨みつける。 彼が先輩の大事な人で、コイビトで、こうみえても年上で……なんて関係ない! コイツはいま、言ってはいけないセリフをはいた。気に入らないったら気に入らない。 文句を言ってやろうと口を開こうとしたが――― 「赤也。いい加減にしないか」 「いてっ」 薄く目を見開いた先輩により、制止させられた。 が、隣の幸村が「ワカメはしょうがないよね、本当のことだし」なんて言うもんだから、切原の目も充血しはじめる。 けれども、中学入学から4年間で培われた後輩気質が絶対的王者の先輩につっかかることはできるはずもなく。 そんな彼を静めたのは、参謀ではなく意外や意外。 つっかかられている本人だった。 「ワカメ嫌いなの?いーじゃん、オレ、好きだよ?」 「は?」 「丸井くんは昆布のほうが好きだけど、オレはワカメ派だC」 「……そうかよ」 ズレている。 形状のことを言っているのであって、決してミネラル豊富な海草が好きだ云々の話ではない。 のだが。 「おめぇも、天パでしょ?」 「ーっ!」 「オレも天パだもん。一緒だね〜」 「……!!」 「でも、しっかりした髪でいいね〜。オレ、猫毛だから寝癖すぐつくC」 「……俺の髪型、おかしくねぇ?」 「かっこイイよ?」 「!!」 言われたセリフに、信じられないとばかりに双眸を開いて金髪の彼をみつめる。 すると、うんうんと頷きながら『ヘアスタイル、決まってンじゃん!』と満面の笑顔で告げられた。 この一言で、切原の中の『芥川慈郎』像にわかりやすすぎる変化が見え出した。 (究極に単純である) 先ほどまでのつっかかりはいったいどこへ。 (なんだかおかしな方向にいってない?) (さて、どうかな) (芥川はあれで地だろうしねぇ) (アレは本心だろう) 「…さっき俺の髪、何かついてた?」 「クチナシかな?はい」 先ほど切原の髪に絡まっていた白い花を渡す。 花弁を見てわかるほど草花に詳しくはないが、この時期に香る花と色で推察した名を告げる。 「…あんたの髪も、悪くねぇじゃん」 「え〜そう?」 「サロン、どこ行ってんスか」 「家の近所のとこ〜」 (あ、言葉使い変わったね。もう少しで制裁するところだったよ) (棘が無くなったか) 険を含んでいた声色から一転、通常のトーンで話し出した切原のサロン話に、うんうん相槌を打っている芥川。 日ごろ丸井の亭主関白ぶりに付き合っているから聞き役が慣れっこなのか、付き合いがいいのか、はたまた本当に本心なのか。 「俺、髪がすぐバクハツすっから、キープが大変なんス」 「どれどれ」 「っ!」 ふわり乗せられた手に、思わずびくっとなる切原はというと、――急に近くなった距離に驚き、しばし硬直してしまった。 後ろから頭を叩かれたり、手を置かれたりは他の先輩にされることも多いが、こうやって正面から、しかも自分よりも身長の低い相手にされることなんて、ない。 というか、顔が近い。 (あ…いい匂い) 先ほどまで自分の髪にひっついていたらしいクチナシの香りなのか、それとも彼から香ってるとでもいうのか。 お日様のような、花のような、春のような、お菓子のような。 「うん、かための髪、かな?オレと正反対だC」 「…そうッスか」 「赤也」 「そろそろいくよ?」 若干微妙になった空気を遮るように、傍観していた二人が割って入った。 「じゃ、幸村くん、柳、切原も。バイバ〜イ!」 「『赤也』」 「う?」 「『赤也』でいいッス」 「あはは、わかった。じゃあね、赤也!」 「ッス」 劇的に変化した切原の態度に、二人とももう少し見ていたい気持ちもあったが、あいにくの時間にそうもいってられない。 だが、このまま別れるのも何だか惜しい。 去ろうとした芥川をバーベキューに誘ってみた幸村だったが、立海のパーティだから氷帝は交じんないC−とあっけなく帰ってしまった。 (精市…その前にミーティングがあるのだが) 芥川を誘えば、ミーティングに他校生がいるというかなり不思議な光景になるのだが。 まぁ、時間的にミーティングはカットされるかもしれない。 家に着くころにはバッチリ夕餉時だ。 「蓮二、赤也。行こうか」 「ああ」 「俺、先に行ってるッス」 15分以内に帰って来いと仁王にいわれているが、すでに25分近く経ってしまってるから。 なんていい残し、ダッシュで走り出した切原の背中を見送った二人は、ゆっくりとした歩調で歩き出す。 早めに幸村宅に向かい、あれこれ準備をするはずが、結局最後になってしまった。 ミーティングの時間があるかどうかと呟けば、エース様は無きゃ無いで構わないとただ一言。 「今日は蓮二の『誕生日おめでとうバーベキュー』が目的だから」 「……そうか」 この時間でも明るい太陽が初夏を感じさせる、6月4日の夕暮れどき。 思わぬ形で出会った、チームメイトの大切な人とのお茶タイムは、なかなかに珍しい組み合わせではあったが、心地よい時間を過ごせた。 (ヒヤっとした瞬間も多々あり、半分以上は置物化していた感は否めないが) プレゼントも貰ったことだし。 さて、キッチンで奮闘している同級生に告げるか告げまいか。 きっと『芥川とお茶した』なんて知れば、ぶーたれることは間違いない。 ここは芥川が言うまで黙っておこう………いや、それは無理か。 隣を歩く御仁がこのまま黙っているとは思えない。 『丸井にはもったいない』を連発していたほどだ。 さらには切原との一件を話せば、ぶーたれるだけでなく文句の矛先は後輩ただ一点に向かうだろう。 とりあえずは黙っておこうと決めた、 (終わり) >>目次 |